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この世界が生まれて2千年以上経つけど

偶然おれらは同じ時代に生まれて  同じ時間の中で過ごしてて


今生きてるすべての人を

誰も知らなくなる時代が  いずれ来るわけで


同じ時代を共有して次の世代へとつながっていく

っていうその繰り返し


それが2千年  いやもっと続いてる


そんなおれらが出会ったのは

この世界で言えば  ミクロ級以下のどうでもいい出来事


悲しいことも嬉しいことも

同じ時代をたまたま共有しているからこそ生まれる


このまえ楽しかったことも  この先淋しく感じることも

懐かしい想い出も


運命であり縁であり  ただの偶然でもある


親も兄弟も友達も  先生も社長も恋人も見知らぬ人も

みーんな  たまたま同じ時代を歩いている人たちで

運命的な確率で  同じ時代を生きている人たちで


過去の多大なる歴史がウソかホンマかは誰も知らへん

それは数百年後の人が

おれらの今の時代について考えるときも同じ


タイムマシンなんて、ない方がいいかも


いま同じ時代を生きていることは

おれらだけの秘密にしたいもんな
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2008.02.07 | 戯言 | トラックバック(0) | コメント(2) |

私には祖父も祖母もいない。私に物心がついたとき、すでに母方の祖母だけが健在だったのだが、その祖母も昨年亡くなった。祖母は90歳を超えており、老衰だった。祖母は亡くなる数ヶ月前から、死んだはずの祖父の幻覚を見たり、現実世界と夢の世界の区別がつかなくなるなど、いわゆる“ボケ”状態にあった。家族や親族はそんな祖母を見て、死期が近いことを覚悟していた。そして祖母は現実世界に別れを告げ、愛する亭主のもとへ向かった。2005年5月のことである。

祖母が亡くなり、私は葬儀に参列した。葬儀といえば、悲しみに暮れ、辛気くさい雰囲気が漂うという印象があるのだが、祖母の葬儀はまったく違った。久しぶりに集まった親族どうしが笑顔で祖母のことを語り合い、談笑する姿がそこにある。まるで祖母がめったに会わない親族を集め、語り合う場所を設けてくれたかのよう。白い顔で目をつぶる祖母の顔は、90数年を生き抜いた達成感でいっぱいに見えた。そんな明るい死を迎えられたのは、死期をみなが覚悟できたこと、すなわち祖母の大往生が大きな要因だったのだろう。

「かっこいい死に方」なんてのを考えたことがあるだろうか。映画のヒーローのように悪者を退治して自分も死ぬ、あるいは誰かを助け、身代わりになって死んでしまう。子どものころはそんな死に方を想像してニンマリしたものだ。自分の死によって泣き崩れる人の顔を思い浮かべ、少しばかりの自己満足に浸ったりしたこともあった。しかし、「最もかっこいい死に方」「最も素晴らしい死に方」の概念は祖母の死によって大きく変えられた。どんなにカッコイイ死に方をしたとしても、周りの悲しみを引き起こす死に方は決して素晴らしいとは言えない。むしろ祖母のように、周りに心の準備をさせ、明るい気持ちで葬儀に迎えられる死の方がよっぽど素晴らしいのではないか、と。

それは死に関することだけではなく、「別れ」に関するすべてのことに言えることだと思う。先日、北海道日本ハムファイターズの新庄剛志選手が突然の引退を発表したが、予期せぬ引退宣言にショックを感じたファンも多かったことだろう。もちろん結局は新庄選手自身の人生のことなので、周りのことなんて関係ないといえば関係ない。しかし視点をファンに変えてみたとき、やはり「残念」「悲しい」「ショック」などという表現が思い浮かぶ。視点によって賛否は分かれるだろうが、周りにできるだけショックを与えないことの素晴らしさというものも、「別れ」において重要な要素ではないだろうか。

「別れ」というものはどんなことであっても悲しいことであり、心の底から嬉しさを感じる別れなんて別れじゃない。しかしどうせ悲しい別れなら、できるだけ悲しみを感じない別れであればより良いに違いない。突然の別れで周りを驚かせ、それに快感を感じたいときもあるのかもしれないが、それは自分視点に偏ったある意味サディスティックな行動である。思いやりがあれば、人にできるだけ悲しみを与えないための行動がとれるはず。「別れ」は人生において避けては通れない経験だが、そこで重要なのは「前に向かって歩きだせる別れ」をつくりだせるかどうか。つくりだしてあげれられるかどうか。

それは、決断する者の思いやりにかかっている。

2006.08.26 | 戯言 | トラックバック(0) | コメント(0) |

海について

海は、人々が歩むストーリーの縮図である。
寄せる波、返す波、大きい波、小さい波、崩れる波、美しい波。
砂浜に降りた少年は、ザザーと奏でる波音に引き寄せられ、
ユラユラ揺れる、キラキラ光る海をめざす。

そこで見えるものは
出会い、別れ、喜ぶこと、悲しむことに代表される、人として歩むであろう道。
ときにそれは太陽のさす海のように、水しぶきひとつひとつが輝くドラマのように感じられ、
ときにそれは夜の海岸のように、子どものイジメくらい残酷に「絶望感」を与えつづける。
水面がうつす表情は鮮やかに色分けされ、
日々の暮らしで感じる喜怒哀楽の移り変わりの妙を映し出すよう。

月の光は、夜の海が映しだす暗闇の恐怖あふれるストーリーを
プラスの意味合いに感じられる落ちついた海の色、地平線の色に変える。
そこには悲しい雰囲気がいくつも残っているのだが、本人はそれに気づかない。

海の表情は無限大で、人生の表情も無限大。
季節、天気、昼夜、キャスティング、音、その組み合わせで、
海が織りなす物語のすべては変わっていく。
その海のむこうにあるものは、いったい何だろう。


雨について

雨は、自らを守るものや支えるものの存在を教える教師である。
ザーザー降る雨のなか、歩く人の群れにはカラフルな傘が飾られる。
それは人々の生活のなかで信じられる存在となりえる「支え」をあらわし、
雨はその大きさを改めて知らしめる。

雨音が激しくなると、小さな傘では守りきれない。
新たな支えを探すか、手持ちの傘を大切にじっと我慢し歩き続けるか、
それは雨を感じたその人の感情、考えによる。

しとしと降る雨を横目に我が家で過ごすひとときは、
しっとりと落ち着いた気持ちで自らを見つめさせる。
魔法のバリヤーで守られているかのように、
大戦争のなか核シェルターで過ごしているかのように、
雑音をカットし、自らの存在、支えの存在をかみしめさせる。

雨は忘れていたものを教えてくれる教師のよう。
ときにはカミナリで激しく叱咤し、ときには梅雨の雨でネチネチ嫌みを言う。
ワイパーを止め、雨音激しい窓を見つめてみると感じられる。
ずぶ濡れで嵐のなか、傘をささず走ってみると感じられる。
そしてときには鼻唄でも歌いながら、小さな傘をさして歩くと良い。

2006.07.09 | 戯言 | トラックバック(0) | コメント(1) |

民主党の新代表が小沢一郎前副代表に決まった。前原誠司前代表の辞任に伴う代表選挙が行われ、小沢氏が菅直人元代表との一騎打ちに大差で圧勝。小沢氏は就任会見で「私自身も変わらなくてはいけない。笑うぞ」と、こわもて&無愛想キャラを払拭したニュー小沢をアピールしていた。

ニュースやワイドショーでは、この発言を聞いた政治評論家や自民党の政治家が「性格なんてそんな簡単に変えられるもんじゃない」と軽く批判している場面があった。確かに、おっしゃるとおり、性格なんてケータイの機種変更じゃあるまいし、簡単に変えられるもんじゃない。しかし、「性格は変えられないもの」でもないと思う。信念、もしくは努力があれば、性格や人格は変えられると私は思う。

私は昔から人見知りが激しく、初めてあった人とすぐに仲良くなることなんて絶対にできない人だった。高校時代、同じ部活の新入生に「エツ先輩って、最初はすごく怖い人に感じた」と何人からも言われたのをよく覚えている。大学に入ってもそれは変わらず(=変えようとせず)、サークルには入ったものの、最初の半年くらいは全く打ち解けることができなかった。当時は、それはそれで別に良いと思っていた。誰とでも仲良くなる必要なんてないと思っていた。

それが、ある人がきっかけで変わっていくことになった。その人は今まで自分が仲良くなってきた人とは全く違うタイプの人間で、「こんなヤツ絶対友達になりたくない」と思うタイプの代表的な人間。しかし、ひょんなことからよく話すようになり、よく遊ぶようになり、「こういう奴と仲良くなるのも、意外におもろいやん」と感じるようになった。すると、それまでこういうタイプの人間を食わず嫌いしてきた自分の考え方や性格が、とても“もったいない性格”だったように思えてきた。

そこから私は「人見知りする性格」を直そうと、今までと違う行動をとる努力をした。例えば、今までは何かに誘われても、それほど仲良くない人がメンツにいると「俺、えーわ」と断ってきたところを、必ず行くように心掛けた。それ以外でも細かいところで自分を変えようと(自分なりにではるが)努力し、今は人見知りなど全くしない性格になった。そのことを私は、「性格が変わっただけでなく、『人生の楽しみ方』が大きく変わった」と思っている。もちろん、この「人見知り」が良いか悪いかは人それぞれで、そこを否定しているわけでは決してない。

「性格は生まれつきのもので、変えることなどできない」と言う人もいるが、それは間違っていると思う。確かに、生まれつきの“気質”のようなものは一生変わらないだろうが、それと性格とは違う。“気質”とは、子どものころに培われる、意識の中には出てこない行動や態度、癖などのことで、「○○しないと気が済まない」などの潜在的なもの。これは“性格”とは違う。“性格”とは、その人の気質を核として形成していくもので、「明るい」「社交的でない」「繊細」などの部分。それは生まれつき決まっているものではなく、自ら形成していくものだと思う。そして形成された性格を変えるのは“考え方”が変わった時。この“考え方”は、変えたければ性格以上に簡単に変えられるものだと思う。

最後に、以下の言葉を紹介。
これはかなり昔、テレビか何かで野村克也氏が言っていた言葉(もともとはヒンズー教の教えらしい)。私はこの言葉をいつも心にしまっている。単純な言葉だが、すばらしい言葉。

 心が変われば、態度が変わる。
 態度が変われば、行動が変わる。
 行動が変われば、習慣が変わる。
 習慣が変われば、人格が変わる。
 人格が変われば、運命が変わる。
 運命が変われば、人生が変わる。


この「心」とは、「考え方からくる感情」のことだと思う。
考え方を変えれば、性格が変わり、人生が変わる。
何ごとも、考え方ひとつ。

ちなみに、上の言葉の最初にはこの言葉が付く。

 自分が変われば、相手も変わる。

人生、夢のようやん!

2006.04.16 | 戯言 | トラックバック(0) | コメント(10) |

埋め立て地が好き。
もう、めっちゃ好きです。マジで。浪人時代に六甲アイランドに模試を受けに行って以来、ずっと好きです。こないだも長島スパーランド付近に行ったのですが、「あ、なんかこの辺りめっちゃ好きや」って思って見てみるとそこも埋め立て地でした。「やっぱりな」って感じ。なんか気持ちよくて、落ち着けて、それでいて寂しげな感じがめっちゃ好きなんです。あんなに広々としてキレイな街並みなのに、人が全然いなくて空虚感がある。希望と絶望が混在してるっていうか、悪魔と天使が共存してるっていうか。なんか不思議な感じがあるんです。それがものすごく気持ちいい。何時間でも何日でも過ごせそうな気がしますね。死ぬまでに一度は埋め立て地に住んでみたいと思ってます。今までいろんな埋め立て地に行きましたが、オススメはやっぱ六甲アイランド。口を開けたまま立ちすくんでしまいます。

ホラーに対して異常に反抗するヤツが嫌い。
気持ちはわからんでもないんですけどね。この前、映画館で「輪廻」っていうホラー映画を観ようとしたら、隣にそういう男がいました。20歳くらいの。そいつは女の子と二人で映画を観に来ていて、話の雰囲気からするとどうもその女の子を狙ってる感じでした。もしかしたら付き合ったばかりのカップルだったのかもしれません。で、聞いてると「俺、ホラーってぜんぜん怖くないねん。っていうか逆に笑ってまう」「映画中に笑ってたらゴメンな~」「みんな、ホラーのどこが怖いんやろな?ぜんぜんコワないやん」とかいうセリフを吐きまくってました。明らかに不自然なくらい。恐らくその女の子に「俺ってどっしり構えた男」「俺は頼れる男」「俺についてこい」みたいなことをアピールしたかったのでしょう。なんとなく気持ちはわかるんですが、あまりにそういう発言が多いとやっぱりウザい。女の子はほとんど話を聞いてないように見えました。そりゃそう。関係ない僕までがイラッときましたから。この光景を見て、「あ、ホラーは純粋に怖さを楽しむべきやな」と思いました。その男の気持ちも解るけど、やっぱちょっとウザい。

生理用品のCMに出てるタレントが好き。
別にいやらしい意味じゃなくて、何となく好きなんです。何ででしょう?やっぱり、男には全くわからない世界なので、何かこう神秘的に感じるんです。だからこういう商品のCMに出演しているタレントは僕の中でイメージがガラッと変わり、女性的な魅力をガンガンに感じるようになります。最近でいえば佐藤江梨子、優香。ちょっと前でいえば新山千春とか。正直、みなさん全く好きではなかったんですが、そのCMを見てからはけっこう好きになってます。当たり前ですがこういう商品は女性だけに必要な物なので、踏み入れられない世界っていうか、なんか頬を赤らめてしまう感覚があるんです。だから女性的なイメージがそのCMからガンガン伝わってきて、そのタレントにもそういう感覚を覚えてしまうんです。神秘的な感じっていうか。決していやらしい意味じゃなくて。誰かこの感覚、わかりますかね。

「今のところ」が嫌い。
このセリフ、嫌いです。遊びとか飲み会とかに友人を誘ったとき、「今のところいける」的なセリフを言う人がたまにいます。仕事とか事情とか重大な予定が入りそうとかやったらわかるんですが、「今のところ特に予定は何もないから今のところ参加できる」的な感じで使われると、誘う方はあまり良い気がしません。言ってしまえばそのセリフの裏には「その約束をキープしておいて、より行きたい予定が入ればキャンセルしてそっちに行く」的な意味が隠されているように見えます。「予定は空いているけど行きたい度は低い」と言っているようなもの。行きたい度を低く見られる誘う側も悪い(?)のかもしれませんが、この言い方は少し考えた方が良いのかも。何かもっと良い言い方があればいいのですが。

2006.02.14 | 戯言 | トラックバック(0) | コメント(2) |

西暦2XXX年。地球温暖化の影響で大陸は海に沈み、数少ない地上も砂漠化。さらに人口増加なども加わり、地球はもはや人間の住む場所ではなくなった。絶滅を恐れた一部の人間は、以前から「惑星地球化」のプロジェクトを進めていた火星への移住をはじめる。もともと火星は太陽系内で地球に最も近い環境を備えた惑星である。この「惑星温暖化」プロジェクトにより、すでに火星は大気が温室効果ガスで満たされ、凍りついていた二酸化炭素が温暖化を促進し、気圧を上昇させていた。しかしこのプロジェクトはまだ進行途中で、植物の定着に関してはまだ完璧な状態ではなかった。火星にある酸素だけでは生活するに少なく、人体に影響を及ぼす恐れがあったので、人々は地球から大量の酸素を火星に持ち込み、その酸素を使用しながら生活をおこなうことになった。食料となる動物・植物はある程度の量を飼育することに成功し、人間は火星で徐々に生活の幅を広げていった。

しかし、そんな火星の生活でも変えられないことが一つあった。それは「重力」である。火星は地球と比べて重力が小さく、地球の約1/3。90kgの大男が30kgの人間として存在する。人々はより速く歩くことができ、より楽に生活することができた。しかし一方で筋肉の衰えは激しくなり、体を支えなくてもよくなった骨からはカルシウムが減少。筋肉も骨も弱りきった虚弱人間が急増していった。人々は必死で筋力トレーニングや健康増進に努めたが、1/3という小さすぎる重力には逆らえず、脳だけが発達した“グレイ”型人間がほとんどになった。

筋力が衰えすぎた人間たちは、多くの作業を機械やロボットで行えるよう、科学技術の開発を進めた。多くの資源が眠る火星には研究・開発を行う土地も充分にあり、人間は地球で生活していた頃よりも急速に技術を進歩させていった。特に発展したのは宇宙開発で、今まで謎に包まれていた宇宙の仕組みなどをどんどん解明していった。そしてある時、物理学や宇宙論で言及される時空の中の特殊な領域である「宇宙ひも」の解明に成功する。「宇宙ひも」とは、宇宙の初期に「真空の相転移」という現象の過程で作られたひも状のエネルギーのかたまりのこと。この「宇宙ひも」が時空を歪ませ、時間を変化させている仕組みを人々は解明する。そしてそれを利用して、タイムトラベルを行うことについに成功した。いわゆるタイムマシンなるものを発明したのである。新しい、大きな文明の誕生だった。

タイムマシンの開発により、人類はついに過去と未来を行き来することができるようになった。過去に戻って自分が生まれる前に戻ることもできれば、数十年後の自分も見ることができる。人々は歓喜し、荒唐無稽の夢物語だったタイムトラベルに心を躍らせた。しかしここで問題となったのは、過去に戻ると何らかの小さな行動だけで、歴史が大きく変わってしまう恐れがあるということだ。これにより自らの存在だけでなく、人類の存在までもが無かったことになってしまうかもしれない。人間が自由に安全に時間旅行を楽しむためには、厳しい「時間法」なるものの制定が急務となった。「時間法」では、時間旅行では必ずその時代の物や人から数km以上離れたところで見物しなければならず、タイムマシンから降りることも許されない。降りてしまうと厳しい罰則を受けることになり、もし仮に人や物に何らかの危害を加えてしまえば、さらに厳しい処罰が課せられる。過去や未来に滞在できる時間もきちんと設定し、徹底させる。このように厳しい「時間法」を制定し、歴史が変わらないようにする環境を整えた。

厳しい「時間法」の定めがあるとはいえ、人々は夢のタイムトラベルを存分に堪能した。燃料費や危険性などの関係で、時間旅行にはかなりの料金が必要だったが、それでも時間旅行の人気は爆発。各地域には専門の旅行代理店が設置され、申し込み客が殺到した。時間旅行は現在から遠くなればなるほど金額が高騰するシステムで、人気パックと予想されていた恐竜ツアー(ジュラ紀や白亜紀など)は、高料金にほとんど誰も手が出なかった。そんな中、1番人気だったのは第二次世界大戦。そこそこ手ごろな価格で、子どもたちに命の大切さを教えることができる絶好の内容。家族旅行として大人気のツアーとなった。カップルに人気だったのは「ミレニアム」で盛り上がった1999年の大晦日。世界各地で行われたさまざまな美しいミレニアムイベントをタイムマシンから眺めることができ、ロマンチックな旅行として人気を得た。また、もちろん過去だけでなく、未来への旅行も大人気。「下手な占い信じるよりも、未来を実際に見にいこう」を宣伝文句に、多くの人々が未来の自分の姿を見に行った。未来というものは考え方でいくらでも変えることができる。たとえ見に行った未来が期待していた未来とは違っていても、その未来を知った自分だからこそ、それとは違う未来に進もうと努力することができる。未来への旅行は“自分の未来を良きものにするため”という深い意味のあるツアーとなった。このように、時間旅行は人類の生活を大きく変え、人類の発展になくてはならないものとなっていった。


第二次世界大戦中、敵味方の判別ができない謎の飛行物体が何度も戦闘空域で目撃されている。ウインストン・チャーチルはそれを「フーファイター」と呼び、新しい未確認の敵として恐れた。また徳川家康は1609年、駿府城に現れた“グレイ”に似た生物に対し、「人目のつかぬところに追い払え」と命令を出したといわれている。さらに、阪神淡路大震災が起きる直前、各地で謎の発光体が目撃されていた。神戸市では中心部が赤い白の帯がおよそ3メートルの高さで走ったのが目撃されている。最近でもスマトラ沖地震の直前に多数のUFOが目撃されている。

歴史上のポイント、ポイントで、「UFO」の目撃情報が数多く存在している。それらはまさしく未来の火星から来たタイムマシンであり、楽しく時間旅行をしている姿そのものなのだ。我々の子孫はいつか火星に住み、そこで人類の夢の一つだったタイムマシンと出会う。もしかしたらこの文章を書いている今も、どこか遠くから私の子孫がこっちを見ているかもしれない。できることなら彼らと会って話を聞いてみたい。しかし彼らには「時間法」があるから、それは叶わぬ願いだろう。


※この物語はもちろんフィクションであり、論理の裏付けがある未来予想というわけではありません。あくまでも希望であり創造でございます。あしからず。

2005.11.28 | 戯言 | トラックバック(1) | コメント(0) |

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