2005-03.30 Wed「夏休みの宿題」的試合[スポーツ]
Time[22:49] Comment[0] Trackback[0]
もうすぐ4月。今、学生は春休みの時期です。宿題もあまり出ないこの春休みは、短いとはいえ最も気楽に過ごせる休暇でした。対照的に、長期休暇で大量の宿題がでる夏休み。僕はいつも、夏休みの前半は友達の様子を窺いながら結局ぜんぜんせず、後半になってから尻に火がついたように処理するといったパターンでした。時には親に手伝ってもらうこともあり、間に合うかどうか毎年ハラハラしたもんです。
ある企業のアンケートで、約2,500人(性別・年齢問わず)に「あなたは夏休みの宿題をいつ頃までに(どのペースで)片付けていましたか?」という質問をしたところ、全体の半数近くの1,130人が「最終日ギリギリまでかかった」と答えています。日本人にそういう気質があるのでしょうか。それとも万国共通なのか。定かではありません。
今日行われた日本vsバーレーン戦。
観ていて僕は、日本代表選手にも同じ気質があるのかと感じました。初戦の北朝鮮戦、そして今日のバーレーン戦。勝った両試合とも「夏休みの宿題」的試合であったように思えます。格下の相手であるのに前半は攻めきれず、後半になってやっと攻め出す。そして何とか点を取り、辛勝。両試合とも最後までハラハラする試合でした。もちろんやっている選手たちは、前半を怠けているつもりはないでしょうが、緊張からか弱気で様子見の姿勢が強い気がしました。そして今日なんて、試合を決めたのは相手チームのオウンゴール。僕は、夏休みの宿題を自分の力だけでは処理できずに、親に手伝ってもらう姿を思い出しました。
ただ今回は、結果が全ての最終予選。僕は親に手伝ってもらおうがギリギリまでかかろうが、新学期には達成感のある満足顔で登校していました。日本代表も、内容はどうであれ、勝ったことを素直に喜べば良いのです。マスコミには「このままではドイツ行きが危ない」と言われるでしょうが、小学生のようなプラス思考でこの先戦っていって欲しい。
ある企業のアンケートで、約2,500人(性別・年齢問わず)に「あなたは夏休みの宿題をいつ頃までに(どのペースで)片付けていましたか?」という質問をしたところ、全体の半数近くの1,130人が「最終日ギリギリまでかかった」と答えています。日本人にそういう気質があるのでしょうか。それとも万国共通なのか。定かではありません。
今日行われた日本vsバーレーン戦。
観ていて僕は、日本代表選手にも同じ気質があるのかと感じました。初戦の北朝鮮戦、そして今日のバーレーン戦。勝った両試合とも「夏休みの宿題」的試合であったように思えます。格下の相手であるのに前半は攻めきれず、後半になってやっと攻め出す。そして何とか点を取り、辛勝。両試合とも最後までハラハラする試合でした。もちろんやっている選手たちは、前半を怠けているつもりはないでしょうが、緊張からか弱気で様子見の姿勢が強い気がしました。そして今日なんて、試合を決めたのは相手チームのオウンゴール。僕は、夏休みの宿題を自分の力だけでは処理できずに、親に手伝ってもらう姿を思い出しました。
ただ今回は、結果が全ての最終予選。僕は親に手伝ってもらおうがギリギリまでかかろうが、新学期には達成感のある満足顔で登校していました。日本代表も、内容はどうであれ、勝ったことを素直に喜べば良いのです。マスコミには「このままではドイツ行きが危ない」と言われるでしょうが、小学生のようなプラス思考でこの先戦っていって欲しい。
2005-03.28 Mon2005年プロ野球の3大注目点[スポーツ]
Time[23:40] Comment[2] Trackback[1]
2005年のプロ野球がついに開幕します。一昨日、先陣を切ってパリーグが開幕。開幕戦は個人的に素晴らしい3試合だったと思います。思えば、近鉄の消滅、オリックスとの合併、1リーグ制への移行、選手会スト、ライブドアVS楽天など、グラウンド外での話題が尽きなかった昨シーズン〜オフでした。それが今年、無事に開幕を迎えられて何か信じられない気持ちでいます。昨年あった一連の流れから、今シーズンは楽天やオリックス、ソフトバンクが注目されるのは間違いないでしょう。僕個人的には、次の3点に注目しています。
(1)飛ばないボールの使用
(2)交流戦の実施
(3)各球団のファンサービス
一昨年くらいから、僕は(1)を実施すべきだと思っていました。数年前までは3割打者は一流の証。打撃ベストテンの上位7〜9人くらいが3割打者で、3割は言わば、「選ばれし者」のような扱いでした。それが最近では、少し調子が良かっただけで3割や20本塁打を達成しています。昨年でいえば、セリーグでは3割打者がなんと20人。パリーグでも15人います。当然その分、投手の成績は全体的に低下傾向。いまや、完全なる「打高投低」の時代です。
だから何が悪い、と思う人もいるかもしれませんが、これは悪いことです。簡単に言いますと野球の醍醐味は投手戦なんです。そして、緊迫した投手戦が野球のレベルを上げると言っても過言ではありません。それは一昨日のパリーグ開幕戦を観ても明らかです。投手戦になるとワンプレーで流れが変わり、一つ一つの細かいミスが命取りになる。一つのフォアボールや一つの盗塁、一つのストライクで試合が動くのです。すると選手ももちろん細かいプレーを大事にし、細かい技術を磨いていきます。レベルの向上はこういう試合から生まれていくのです。また観客も、一球ごとにツバを飲み、集中します。その緊迫した雰囲気こそ、スポーツの素晴らしき瞬間だと思います。打撃戦が悪いとは全く思いません。しかしここ数年は打撃戦が多すぎて、試合の緊迫感が緩い気がしていました。試合時間も長くなり、集中力が切れます。これは野球人気の低下にも繋がりかねません。以上の理由から、僕は(1)に注目しています。これで打高投低は少なからず解消され、きっと今のプロ野球における“つまらなさ”を解消してくれるであろうと思います。
(2)に関しては特に言うこともないのですが、(3)に関しては言いたいことがあります。昨年の件以来、選手や球団は思い出したようにファンサービスをしています。まあそれはいいとして、今年からなされている様々なファンサービスの中に、球場内の「エキサイトシート」「フィールドシート」なるものの導入があります。これはお客さんに、よりグラウンドに近い位置で野球を楽しんでもらおうという意図の元に設置された席です。目の前にネットがなく、選手と同じ目線で、しかも近い位置で観戦できます。東京ドームやフルキャストスタジアム、札幌ドームやスカイマークスタジアムなどで導入されており、この導入に関しては僕も賛成です。
ところが、肝心の値段は外野席のなんと約3倍。これは高すぎます。これでは座れる客は一部に限られてしまいます。各球団はまだ目先のことしか考えていないんですね。球の速さや選手の迫力など、本質的な野球を楽しむならば、外野席よりもネット裏やエキサイトシートが絶対に適しています。本質的なファンが減っている状況なのは昨年目に見えて感じたはずなのに、球団はまだ目先のお金に目がくらんでいるんです。外野席でのうるさい応援が合わない人が行き着く先は、このままではやっぱりテレビ中継になってしまいます。そして、この値段で気軽に親子で見に来られるでしょうか。野球をするかサッカーをするか迷っている子供にとっては、球場での印象はデカいですよ。握手会やサイン会もいいですけど、そういう意味での“本質的なファンサービス”を、もっと球団は考えていくべきです。
(1)飛ばないボールの使用
(2)交流戦の実施
(3)各球団のファンサービス
一昨年くらいから、僕は(1)を実施すべきだと思っていました。数年前までは3割打者は一流の証。打撃ベストテンの上位7〜9人くらいが3割打者で、3割は言わば、「選ばれし者」のような扱いでした。それが最近では、少し調子が良かっただけで3割や20本塁打を達成しています。昨年でいえば、セリーグでは3割打者がなんと20人。パリーグでも15人います。当然その分、投手の成績は全体的に低下傾向。いまや、完全なる「打高投低」の時代です。
だから何が悪い、と思う人もいるかもしれませんが、これは悪いことです。簡単に言いますと野球の醍醐味は投手戦なんです。そして、緊迫した投手戦が野球のレベルを上げると言っても過言ではありません。それは一昨日のパリーグ開幕戦を観ても明らかです。投手戦になるとワンプレーで流れが変わり、一つ一つの細かいミスが命取りになる。一つのフォアボールや一つの盗塁、一つのストライクで試合が動くのです。すると選手ももちろん細かいプレーを大事にし、細かい技術を磨いていきます。レベルの向上はこういう試合から生まれていくのです。また観客も、一球ごとにツバを飲み、集中します。その緊迫した雰囲気こそ、スポーツの素晴らしき瞬間だと思います。打撃戦が悪いとは全く思いません。しかしここ数年は打撃戦が多すぎて、試合の緊迫感が緩い気がしていました。試合時間も長くなり、集中力が切れます。これは野球人気の低下にも繋がりかねません。以上の理由から、僕は(1)に注目しています。これで打高投低は少なからず解消され、きっと今のプロ野球における“つまらなさ”を解消してくれるであろうと思います。
(2)に関しては特に言うこともないのですが、(3)に関しては言いたいことがあります。昨年の件以来、選手や球団は思い出したようにファンサービスをしています。まあそれはいいとして、今年からなされている様々なファンサービスの中に、球場内の「エキサイトシート」「フィールドシート」なるものの導入があります。これはお客さんに、よりグラウンドに近い位置で野球を楽しんでもらおうという意図の元に設置された席です。目の前にネットがなく、選手と同じ目線で、しかも近い位置で観戦できます。東京ドームやフルキャストスタジアム、札幌ドームやスカイマークスタジアムなどで導入されており、この導入に関しては僕も賛成です。
ところが、肝心の値段は外野席のなんと約3倍。これは高すぎます。これでは座れる客は一部に限られてしまいます。各球団はまだ目先のことしか考えていないんですね。球の速さや選手の迫力など、本質的な野球を楽しむならば、外野席よりもネット裏やエキサイトシートが絶対に適しています。本質的なファンが減っている状況なのは昨年目に見えて感じたはずなのに、球団はまだ目先のお金に目がくらんでいるんです。外野席でのうるさい応援が合わない人が行き着く先は、このままではやっぱりテレビ中継になってしまいます。そして、この値段で気軽に親子で見に来られるでしょうか。野球をするかサッカーをするか迷っている子供にとっては、球場での印象はデカいですよ。握手会やサイン会もいいですけど、そういう意味での“本質的なファンサービス”を、もっと球団は考えていくべきです。
2005-03.23 Wed私的音楽特選1[音楽]
Time[23:41] Comment[4] Trackback[1]
BYRD(EGO-WRAPPIN')
聴き酔ってしまいそうな名曲。エゴの曲はほとんど聴きましたが、この曲が一番好きです。ちょうどアメリカで同時多発テロがあった時、この曲をよく聴いていました。なのでこれを聴くと、必ずその頃を思い出します。壮大で切なさのある曲調が、当時の世界によくマッチしていました。エゴには珍しく管楽器が全くない曲ですが、ピアノとハーモニカがええ味出してます。ライブではよっちゃん(Vo)がピアノ弾き語りを披露してくれるんですが、これがまた危なっかしくて、ハラハラしながら聴かせていただきました。
門限やぶり(ケツメイシ)
なんか昔「少年マガジン」で連載してた「BOYS BE…」っていう漫画を思い出させます。あの漫画はキモいと思いますけど、ケツメイシが歌うと似たような題材でもキモく聞こえません。不思議ですな。きっと作るのがうまいんでしょう。“まだ子供の世界しか知らない少女を、自分なりに大人の世界へと連れ出していく”っていう曲。サックスの音色が“子供から大人へ”の雰囲気を上手いこと演出していて、なかなかええ曲でございます。これは言ってみれば電車内ナンパですね。僕も毎日電車に飛び乗りますけど、こんな出会いは全くありません。むしろオッサン多いです。乗る時間帯に問題があるんでしょう。
まっぴらロック(クレイジーケンバンド)
「仏滅に聴きたい曲」ランキングなら絶対1位ですね。なんか悪い意味での“和”を感じます。殺人事件でも起こりそうな、マイナス要素の強い名曲です。「あの夏掬った出目金がさっき死にました」なんて言われても、俺はどうしたらええねん。クレイジーケンバンドはかなり好きなんですが、どこか宗教くさいとこがあって、この曲は特にその雰囲気がにじみ出ています。「なんまいだぁ」のところなんか、まさに。演歌を思わせるメロディーも、ええ感じで怪しさ溢れてます。こんなメロディーは横山剣氏の得意分野なんでしょう。イキイキと歌っておられます。ライブでは終盤に歌われることが多く、いつも横山氏が「時間というものは誠に残酷なものでございます…」と言ってからこの曲に突入。おもろいオッサンですわ。
つづく
聴き酔ってしまいそうな名曲。エゴの曲はほとんど聴きましたが、この曲が一番好きです。ちょうどアメリカで同時多発テロがあった時、この曲をよく聴いていました。なのでこれを聴くと、必ずその頃を思い出します。壮大で切なさのある曲調が、当時の世界によくマッチしていました。エゴには珍しく管楽器が全くない曲ですが、ピアノとハーモニカがええ味出してます。ライブではよっちゃん(Vo)がピアノ弾き語りを披露してくれるんですが、これがまた危なっかしくて、ハラハラしながら聴かせていただきました。
門限やぶり(ケツメイシ)
なんか昔「少年マガジン」で連載してた「BOYS BE…」っていう漫画を思い出させます。あの漫画はキモいと思いますけど、ケツメイシが歌うと似たような題材でもキモく聞こえません。不思議ですな。きっと作るのがうまいんでしょう。“まだ子供の世界しか知らない少女を、自分なりに大人の世界へと連れ出していく”っていう曲。サックスの音色が“子供から大人へ”の雰囲気を上手いこと演出していて、なかなかええ曲でございます。これは言ってみれば電車内ナンパですね。僕も毎日電車に飛び乗りますけど、こんな出会いは全くありません。むしろオッサン多いです。乗る時間帯に問題があるんでしょう。
まっぴらロック(クレイジーケンバンド)
「仏滅に聴きたい曲」ランキングなら絶対1位ですね。なんか悪い意味での“和”を感じます。殺人事件でも起こりそうな、マイナス要素の強い名曲です。「あの夏掬った出目金がさっき死にました」なんて言われても、俺はどうしたらええねん。クレイジーケンバンドはかなり好きなんですが、どこか宗教くさいとこがあって、この曲は特にその雰囲気がにじみ出ています。「なんまいだぁ」のところなんか、まさに。演歌を思わせるメロディーも、ええ感じで怪しさ溢れてます。こんなメロディーは横山剣氏の得意分野なんでしょう。イキイキと歌っておられます。ライブでは終盤に歌われることが多く、いつも横山氏が「時間というものは誠に残酷なものでございます…」と言ってからこの曲に突入。おもろいオッサンですわ。
つづく
2005-03.18 Fri「人類の進歩と調和」まであと何年[世の中]
Time[23:51] Comment[0] Trackback[0]
小学生の頃、家族でよく登山に行ったもんです。頂上に早く着きたい僕は、父親に「あとどれくらいで着くん?」と聞きました。すると父は「あと5分で着く」と答えます。それから15分経っても全く着きません。僕がまた「あとどれくらい?」と聞く。父はまた「あと5分」と答える。結局頂上に着いたのは最初に聞いてから1時間後でした。
今から35年前、「人類の進歩と調和」というテーマのもと、日本で初めて万国博覧会が開かれました。ソ連館の宇宙開発、アメリカ館の「月の石」、三菱未来館での海底都市、そしてリニアモーターカー、人間洗濯機。高度成長期の最中、21世紀への夢を抱かせてくれた“未来”がそこにあった…らしい。
21世紀に突入してはや4年、今の人類はその頃に見た“未来”の中にいるのでしょうか。宇宙開発はまだ火星に生物がいたかどうかすらわからない。月面の有人基地は早くても数十年後。海底都市なんて話にも出ず、やっと今年リニアモーターカーが導入されたという程度です。35年前の人々に現在の世界を見せたら、いったいどういう気持ちになるのでしょう。あれから実用化された携帯電話や動く歩道、ファーストフードなどは、果たして真の意味での「進歩と調和」なのでしょうか。イラク問題や北朝鮮問題、イラン・パキスタンの核開発問題、テロ対策や環境破壊、地球温暖化などを抱えている世界は、あの頃の人々が描いた未来とは程遠いものであることは間違いありません。「一体いつになったら大阪万博で見た“未来”が来るのだろう」。入場した6422万人が、今も心のどこかでそう思っているでしょう。
今年、日本で再び万国博覧会が開催されます。21世紀で初の万博。「自然の叡智」というテーマで“人類と自然の共存”という未来を披露します。“未来”と言ってはみたものの、このテーマは大阪万博のテーマ「人類の進歩」とは意味合いが大きく違います。言ってみればこの“未来”は、現在世界が置かれている“マイナスの状況”を改善するという意味ではないでしょうか。風、太陽、水、動物など、様々な自然との共存を表現したパビリオンが建ち並ぶ今回の愛知万博。35年前、各国が自国の科学技術を誇示する姿は影を潜め、人類は地球を超えることを諦めたかのような感じさえします。
大阪万博で人々を魅了した“未来”を、僕は生きているうちに感じることができるのでしょうか。子供のころ親父に言われた「あと5分」は、1時間後ではあるが実現し、結果的に頂上に辿り着けました。皆が夢に見た未来まで「あとどれくらい?」なのでしょう。「あと10年後」でも「あと20年後」でもいいから、「人類の進歩と調和」に辿り着いてほしいものです。
今から35年前、「人類の進歩と調和」というテーマのもと、日本で初めて万国博覧会が開かれました。ソ連館の宇宙開発、アメリカ館の「月の石」、三菱未来館での海底都市、そしてリニアモーターカー、人間洗濯機。高度成長期の最中、21世紀への夢を抱かせてくれた“未来”がそこにあった…らしい。
21世紀に突入してはや4年、今の人類はその頃に見た“未来”の中にいるのでしょうか。宇宙開発はまだ火星に生物がいたかどうかすらわからない。月面の有人基地は早くても数十年後。海底都市なんて話にも出ず、やっと今年リニアモーターカーが導入されたという程度です。35年前の人々に現在の世界を見せたら、いったいどういう気持ちになるのでしょう。あれから実用化された携帯電話や動く歩道、ファーストフードなどは、果たして真の意味での「進歩と調和」なのでしょうか。イラク問題や北朝鮮問題、イラン・パキスタンの核開発問題、テロ対策や環境破壊、地球温暖化などを抱えている世界は、あの頃の人々が描いた未来とは程遠いものであることは間違いありません。「一体いつになったら大阪万博で見た“未来”が来るのだろう」。入場した6422万人が、今も心のどこかでそう思っているでしょう。
今年、日本で再び万国博覧会が開催されます。21世紀で初の万博。「自然の叡智」というテーマで“人類と自然の共存”という未来を披露します。“未来”と言ってはみたものの、このテーマは大阪万博のテーマ「人類の進歩」とは意味合いが大きく違います。言ってみればこの“未来”は、現在世界が置かれている“マイナスの状況”を改善するという意味ではないでしょうか。風、太陽、水、動物など、様々な自然との共存を表現したパビリオンが建ち並ぶ今回の愛知万博。35年前、各国が自国の科学技術を誇示する姿は影を潜め、人類は地球を超えることを諦めたかのような感じさえします。
大阪万博で人々を魅了した“未来”を、僕は生きているうちに感じることができるのでしょうか。子供のころ親父に言われた「あと5分」は、1時間後ではあるが実現し、結果的に頂上に辿り着けました。皆が夢に見た未来まで「あとどれくらい?」なのでしょう。「あと10年後」でも「あと20年後」でもいいから、「人類の進歩と調和」に辿り着いてほしいものです。
2005-03.13 Sunニッポン放送株争奪の今後[世の中]
Time[00:04] Comment[0] Trackback[2]
最近お茶の間で話題のライブドアVSフジテレビ。昨日、ライブドアがニッポン放送のフジテレビに対する新株予約権の発行差し止めを求めた仮処分申請について、東京地裁は申請を認める判断をしました。時間外取引のライブドア、新株予約権のフジテレビ。裏技を繰り広げた両者ですが、状況は互角といったところでしょう。新株予約権発行の件は、まだ高裁、最高裁での審議が残っています。しかし地裁での仮処分の決定理由がどう見ても妥当なので、覆る可能性は少ないと思います。
今後の展開としては、大きく言えば次の2通りだと思います。
1つ目はどちらかがニッポン放送の株を放棄し、この戦いに終止符を打つこと。これは正直、現実味があまりありません。ニッポン放送はフジテレビの大株主であることから、フジテレビ側がこの戦いから抜ける(=ニッポン放送の株を放棄する)と、当然ライブドアがニッポン放送を支配し、それはフジテレビの支配にもつながります。これはフジテレビの崩壊を意味します。そんなアホなことはまずしないでしょうから、フジテレビ側から負けを認めることはまずないでしょう。逆に、ライブドア側から手を引くことも、可能性が低いと思います。プロ野球に新規参入しようとした時よりも、今回の堀江社長は本気のように見えますし、世間の声も彼に味方している。新株予約権の発行も差し止められ、追い風が吹いてきた感があるので、よっぽどのことがない限り手を引くことはなさそうです。今後、両者とも禁じ手に近い裏技を必死で考えるでしょうが、この状況をみると、恐らく負けを認めさせるくらいの決定打にはなりにくいでしょう。
今後の展開として考えられる2つ目は、両者が納得する形で歩み寄り、業務提携をすることです。可能性としてはこれが高いと思います。堀江社長と日枝会長の発言が、それを明確に示しています。まず、堀江社長が時間外取引でニッポン放送の株を大量購入した2月中旬、彼は「われわれは会社を乗っ取ろうと思ってやっているので、株価が下がって損しても構わない」と“乗っ取り”宣言をしていました。フジの日枝会長が絶縁宣言した際は「幻滅した」とまで言い放っています。しかし3月初旬、フジテレビがニッポン放送株の公開買い付けで目標を超える発行済み株式を確保した際は「本当は仲よくやっていきたいんですよ」と明らかに目標ラインを下げ、歩み寄る姿勢を見せました。対する日枝会長も同様で、最初は「こちらから声を掛けることはない」と言っていましたが、新株予約権の発行が差し止められた昨日3月11日には、「メリットがあるのならお会いする」と発言に明確な変化が見られました。企業のトップたる人は、現在自分の会社が置かれている状況から、何ヶ月も何年も先を予想して動いているものです。両者からこの発言が出たことは、すでにそれぞれが業務提携を見据えていることをを表しているのではないでしょうか。
恐らく今後のポイントは、フジテレビとライブドアが具体的にどういう形で業務提携をするのか、という点でしょう。ここでもかなりもめることになるのではないでしょうか。ライブドアは“乗っ取り”を諦めず、長期的視野で計画していくでしょう。業務提携でも、その意志が見え隠れするでしょうから、フジ側は気分が悪い。そこでまた両者の対決が生まれるかもしれません。
果たして、ライブドアにメディアを支配する力があるのか。それは不明です。ライブドアには「何をやっても中途半端」というイメージがあります。銀行以外は全てやっていると豪語していますが、全てが浅く、中途半端。手を出すことに満足している気がします。ライブドアはブログの評価が高いですが、なぜこんな充実したブログを作れるのか不思議に感じます。もしかしたら、秘めたる力があるのかもしれません。
長くなったので終わりますが、ライブドアの時間外取引は、なんか江川事件を思い出させます。これはまた次の機会に。
今後の展開としては、大きく言えば次の2通りだと思います。
1つ目はどちらかがニッポン放送の株を放棄し、この戦いに終止符を打つこと。これは正直、現実味があまりありません。ニッポン放送はフジテレビの大株主であることから、フジテレビ側がこの戦いから抜ける(=ニッポン放送の株を放棄する)と、当然ライブドアがニッポン放送を支配し、それはフジテレビの支配にもつながります。これはフジテレビの崩壊を意味します。そんなアホなことはまずしないでしょうから、フジテレビ側から負けを認めることはまずないでしょう。逆に、ライブドア側から手を引くことも、可能性が低いと思います。プロ野球に新規参入しようとした時よりも、今回の堀江社長は本気のように見えますし、世間の声も彼に味方している。新株予約権の発行も差し止められ、追い風が吹いてきた感があるので、よっぽどのことがない限り手を引くことはなさそうです。今後、両者とも禁じ手に近い裏技を必死で考えるでしょうが、この状況をみると、恐らく負けを認めさせるくらいの決定打にはなりにくいでしょう。
今後の展開として考えられる2つ目は、両者が納得する形で歩み寄り、業務提携をすることです。可能性としてはこれが高いと思います。堀江社長と日枝会長の発言が、それを明確に示しています。まず、堀江社長が時間外取引でニッポン放送の株を大量購入した2月中旬、彼は「われわれは会社を乗っ取ろうと思ってやっているので、株価が下がって損しても構わない」と“乗っ取り”宣言をしていました。フジの日枝会長が絶縁宣言した際は「幻滅した」とまで言い放っています。しかし3月初旬、フジテレビがニッポン放送株の公開買い付けで目標を超える発行済み株式を確保した際は「本当は仲よくやっていきたいんですよ」と明らかに目標ラインを下げ、歩み寄る姿勢を見せました。対する日枝会長も同様で、最初は「こちらから声を掛けることはない」と言っていましたが、新株予約権の発行が差し止められた昨日3月11日には、「メリットがあるのならお会いする」と発言に明確な変化が見られました。企業のトップたる人は、現在自分の会社が置かれている状況から、何ヶ月も何年も先を予想して動いているものです。両者からこの発言が出たことは、すでにそれぞれが業務提携を見据えていることをを表しているのではないでしょうか。
恐らく今後のポイントは、フジテレビとライブドアが具体的にどういう形で業務提携をするのか、という点でしょう。ここでもかなりもめることになるのではないでしょうか。ライブドアは“乗っ取り”を諦めず、長期的視野で計画していくでしょう。業務提携でも、その意志が見え隠れするでしょうから、フジ側は気分が悪い。そこでまた両者の対決が生まれるかもしれません。
果たして、ライブドアにメディアを支配する力があるのか。それは不明です。ライブドアには「何をやっても中途半端」というイメージがあります。銀行以外は全てやっていると豪語していますが、全てが浅く、中途半端。手を出すことに満足している気がします。ライブドアはブログの評価が高いですが、なぜこんな充実したブログを作れるのか不思議に感じます。もしかしたら、秘めたる力があるのかもしれません。
長くなったので終わりますが、ライブドアの時間外取引は、なんか江川事件を思い出させます。これはまた次の機会に。
2005-03.07 Monボタン確認音[世の中]
Time[23:52] Comment[2] Trackback[0]
この世には意味のわからないものがたくさんあります。
その中の一つに、携帯電話などの「ボタン確認音」があります。今でこそこの機能をオンにしている人が少なくなりましたが、これについては何度考えてもその存在理由が理解できない。
ボタン確認音というのは、例えば銀行のATMなんかで画面上のタッチパネルを押す際に、指の感覚ではちゃんと押したかどうか確認できないのでボタン確認音で確認する、という使い方が基本です。しかし携帯電話は指でカチカチと押すタイプのボタンがほとんどです。これについては押したことが指の感覚で確実に確認できます。指で押したことが確認でき、画面上でも押した結果が反映されているのに、さらに耳で「ピッ」という音を確認する必要がどこにあるのでしょう?メールを打つ時なんて何度「ピッ」と言ってることか。「お」を打つだけで5回。「ありがとう」で13回。ああいうタイプの音は脳に悪影響を及ぼします。毎日毎日携帯を触るたびに、「ピッピッ」と無意味で有害な音が幾度となく流れるのです。これは本当にどういうメリットがある機能なのでしょうか。
ipodにも同じような「クリッカー」という機能があります。ボタン確認音と同じで、押すたびに「カチッ」と音がします。ipodはウォークマンのようにイヤホンで音楽を聴くのが一般的です。イヤホンは当然、外部には音楽は聞こえません。当たり前です。しかし、その「クリッカー」は、外部にも「カチッカチッ」というボタン確認音的な音が聞こえるようにする設定が可能なんです。これを可能にする意図が僕にはわかりません。百歩譲ってボタン確認音の意味を認めるとしても、この場合はイヤホンを付けてるねんから、イヤホンからだけ聞こえたらええやん。なんで外部にもクリッカーが聞こえるようにできるねん。その設定を可能にする暇があれば他の機能をつけろよ、と声を大にして言いたい。
話を「ボタン確認音」に戻しますが、もしかしたら、というか恐らく、この音に意味なんてないのでしょう。数十年前、まだアナログ商品が主流の時代、ボタンを押すという作業があまりなく、その行為にまず人々は憧れを抱く。そしてその際に発する「ピー」という無機質でデジタルな音に、人々は近未来を感じたのでしょう。そのイメージが固定観念となって、現在も世の中に残っているのではないかと僕は思います。ボタン=「ピー」という式はもう古い。ボタン確認音が存在している時点で、まだ世界は近未来に到達していないと思います。
その中の一つに、携帯電話などの「ボタン確認音」があります。今でこそこの機能をオンにしている人が少なくなりましたが、これについては何度考えてもその存在理由が理解できない。
ボタン確認音というのは、例えば銀行のATMなんかで画面上のタッチパネルを押す際に、指の感覚ではちゃんと押したかどうか確認できないのでボタン確認音で確認する、という使い方が基本です。しかし携帯電話は指でカチカチと押すタイプのボタンがほとんどです。これについては押したことが指の感覚で確実に確認できます。指で押したことが確認でき、画面上でも押した結果が反映されているのに、さらに耳で「ピッ」という音を確認する必要がどこにあるのでしょう?メールを打つ時なんて何度「ピッ」と言ってることか。「お」を打つだけで5回。「ありがとう」で13回。ああいうタイプの音は脳に悪影響を及ぼします。毎日毎日携帯を触るたびに、「ピッピッ」と無意味で有害な音が幾度となく流れるのです。これは本当にどういうメリットがある機能なのでしょうか。
ipodにも同じような「クリッカー」という機能があります。ボタン確認音と同じで、押すたびに「カチッ」と音がします。ipodはウォークマンのようにイヤホンで音楽を聴くのが一般的です。イヤホンは当然、外部には音楽は聞こえません。当たり前です。しかし、その「クリッカー」は、外部にも「カチッカチッ」というボタン確認音的な音が聞こえるようにする設定が可能なんです。これを可能にする意図が僕にはわかりません。百歩譲ってボタン確認音の意味を認めるとしても、この場合はイヤホンを付けてるねんから、イヤホンからだけ聞こえたらええやん。なんで外部にもクリッカーが聞こえるようにできるねん。その設定を可能にする暇があれば他の機能をつけろよ、と声を大にして言いたい。
話を「ボタン確認音」に戻しますが、もしかしたら、というか恐らく、この音に意味なんてないのでしょう。数十年前、まだアナログ商品が主流の時代、ボタンを押すという作業があまりなく、その行為にまず人々は憧れを抱く。そしてその際に発する「ピー」という無機質でデジタルな音に、人々は近未来を感じたのでしょう。そのイメージが固定観念となって、現在も世の中に残っているのではないかと僕は思います。ボタン=「ピー」という式はもう古い。ボタン確認音が存在している時点で、まだ世界は近未来に到達していないと思います。
2005-03.03 Thu二人のワンマン[世の中]
Time[23:40] Comment[0] Trackback[0]
堤義明氏が逮捕された。彼を見ていると僕は必ずある人物を思い浮かべる。西武グループという“王国”のドンであり、独裁者。楯突く者は片っ端から排除し、誰にも意見を言わせない。まさに“裸の王様”。そう、あの独裁国家「北朝鮮」のトップである金正日総書記である。
一見、親の七光りのような二人だが、実際は相当な実力者である。両者ともライバルを蹴散らし、のし上がっていった。そういう部分や、父親を神格化している姿など、リンクしている部分は数多い。そして何より似ている部分が、「ワンマン」なところだ。
堤氏の言うことは誰もが反論できず、トップでありながら現場に口を出すこともある。私の考える「良い企業」とは、分業が鮮明で、現場は現場のわかる人間に任せる企業である。一昨年、18年ぶりに優勝した阪神タイガースの星野前監督は、技術的な部分からスタメン、投手のローテーションまで現場のコーチに任せていた。自身は監督としての仕事のみを行い、業務の分業化を完全に確立していた。これは優勝の要因の一つだと僕は思う。堤氏は現場に一番遠い位置にいる人間。それが現場に口を出す。たとえその内容が間違っていても、現場は反論できない。絵に描いたような悪循環である。株の名義偽装の問題も、幹部がわかっていながら誰も忠告できなかった。それは彼がグループ内に生み出した環境がそうさせたのだろう。
これを金正日に当てはめてみても同じで、彼やその父親の愚劣な性格が生み出した独裁国家を、改善方向に導くことができる周囲の人間がいない。金正日が聞く耳を持たないのではなく、彼に対して意見できる人間がいないのだ。それは彼が生み出した環境がそうさせている。その結果が国際的孤立、飢餓、脱北者、幹部の失脚などの惨状。いつか彼も、堤氏のように終幕を迎えることだろう。
人生の醍醐味というのは、様々な人と出会い、様々な思想と出会うことだと思う。そこで自分の考えがより研ぎ澄まされていく。それが「成長」であり「楽しさ」でもある。「ワンマン」人間とは、そのチャンスを自ら手放した愚か者だ。むしろ思想が浸透している分、胡散臭い宗教家の方がある種意味のある世界を築いているのではないだろうか。
一見、親の七光りのような二人だが、実際は相当な実力者である。両者ともライバルを蹴散らし、のし上がっていった。そういう部分や、父親を神格化している姿など、リンクしている部分は数多い。そして何より似ている部分が、「ワンマン」なところだ。
堤氏の言うことは誰もが反論できず、トップでありながら現場に口を出すこともある。私の考える「良い企業」とは、分業が鮮明で、現場は現場のわかる人間に任せる企業である。一昨年、18年ぶりに優勝した阪神タイガースの星野前監督は、技術的な部分からスタメン、投手のローテーションまで現場のコーチに任せていた。自身は監督としての仕事のみを行い、業務の分業化を完全に確立していた。これは優勝の要因の一つだと僕は思う。堤氏は現場に一番遠い位置にいる人間。それが現場に口を出す。たとえその内容が間違っていても、現場は反論できない。絵に描いたような悪循環である。株の名義偽装の問題も、幹部がわかっていながら誰も忠告できなかった。それは彼がグループ内に生み出した環境がそうさせたのだろう。
これを金正日に当てはめてみても同じで、彼やその父親の愚劣な性格が生み出した独裁国家を、改善方向に導くことができる周囲の人間がいない。金正日が聞く耳を持たないのではなく、彼に対して意見できる人間がいないのだ。それは彼が生み出した環境がそうさせている。その結果が国際的孤立、飢餓、脱北者、幹部の失脚などの惨状。いつか彼も、堤氏のように終幕を迎えることだろう。
人生の醍醐味というのは、様々な人と出会い、様々な思想と出会うことだと思う。そこで自分の考えがより研ぎ澄まされていく。それが「成長」であり「楽しさ」でもある。「ワンマン」人間とは、そのチャンスを自ら手放した愚か者だ。むしろ思想が浸透している分、胡散臭い宗教家の方がある種意味のある世界を築いているのではないだろうか。
2005-03.01 Tue芸能人はキャラが命[世の中]
Time[00:18] Comment[0] Trackback[2]
あびる優というタレントをご存じでしょうか。僕は最近めっきりテレビを見る機会が減りましたが、彼女のことはいちおう知っています。生意気で毒舌なキャラクターで売り出し中。まだ18歳らしい。その彼女が日本テレビ系のバラエティー番組に出演し、その中のクイズの題材で過去の万引行為を告白してしまいました。もちろんその番組では笑い話。しかしこれに視聴者から抗議の電話が相次ぎ、ついに警察から事情聴取を受ける事態となりました。プロダクションによると、彼女が小学生のころに菓子を万引きした経験を誇張して番組で話したという。彼女は「申し訳ないことをした。大変反省している」と話しており、しばらく活動を自粛するそうだ。
これに対して思うことは、あびる優は加害者であると同時に、被害者でもあるということです。
芸能界に限らず、音楽界やスポーツ界などの人気商売では、“キャラクター”というものが近年特に重要視されていると思います。その人の実力が大したことなくても、キャラクターが立っていればブレイクすることがあります。例えばスポーツ界で言えば、新庄剛志や高見盛など。本業の成績は一流の一歩手前というところです。しかしそのキャラクターによって人気が出て、CMに出演したり、テレビ番組に呼ばれたりしています。音楽界においての例は好みの問題もあるので言い切れませんが、個人的にはGacktやTMレボリューションなどが当てはまる気がします。ただ、キャラクター人気がきっかけで、それが本業への良い意味でのプレッシャーになり実力を上げるケースもあると思うので、一概に悪いことだとは思いません。
あびる優が該当するバラエティータレントなんかは本業自体が“キャラクター”であり、いかにそこで人気を集められるかが勝負です。どんなに自然体のタレントでも、自分が売れている原因(=キャラクター)のことは、相当なアホでない限りわかります。そして、自分のキャラクターをアピールするためにはある程度の演技やウソ、誇張を行うでしょう。程度は個人差があるでしょうけど、それが仕事ですから。それができない人間はすぐ消えていくと思います。事務所側なんて、本人以上に必死になってキャラクター性を分析しているでしょう。「ウチのタレントが生き残るためにはこういうキャラでいくしかない」ってな感じで。そこからタレントの“キャラづくり”が始まっていくんではないでしょうか。
今回の事件に話を戻すと、プロダクションの話では「彼女が小学生のころに菓子を万引きした経験を誇張して番組で話した」といいます。これは明らかに彼女のキャラを立たせるための戦略だったのでしょう。生意気でヤンキーっぽい感じが人気を集め始めている時期だったので、さらにキャラを明確にアピールし確立する必要があったのだと思います。その行為が行き過ぎた、ということが今回の原因であると思います。キャラクター性を高めなければ売れない業界やそのプロダクション、そして自分自身に踊らされた彼女は、ある意味この事件の被害者ではないでしょうか。
この事件をきっかけに、彼女にはできる限り「自然体で生き残っていける自分」を見つけて欲しい……とは全く思いません。
これに対して思うことは、あびる優は加害者であると同時に、被害者でもあるということです。
芸能界に限らず、音楽界やスポーツ界などの人気商売では、“キャラクター”というものが近年特に重要視されていると思います。その人の実力が大したことなくても、キャラクターが立っていればブレイクすることがあります。例えばスポーツ界で言えば、新庄剛志や高見盛など。本業の成績は一流の一歩手前というところです。しかしそのキャラクターによって人気が出て、CMに出演したり、テレビ番組に呼ばれたりしています。音楽界においての例は好みの問題もあるので言い切れませんが、個人的にはGacktやTMレボリューションなどが当てはまる気がします。ただ、キャラクター人気がきっかけで、それが本業への良い意味でのプレッシャーになり実力を上げるケースもあると思うので、一概に悪いことだとは思いません。
あびる優が該当するバラエティータレントなんかは本業自体が“キャラクター”であり、いかにそこで人気を集められるかが勝負です。どんなに自然体のタレントでも、自分が売れている原因(=キャラクター)のことは、相当なアホでない限りわかります。そして、自分のキャラクターをアピールするためにはある程度の演技やウソ、誇張を行うでしょう。程度は個人差があるでしょうけど、それが仕事ですから。それができない人間はすぐ消えていくと思います。事務所側なんて、本人以上に必死になってキャラクター性を分析しているでしょう。「ウチのタレントが生き残るためにはこういうキャラでいくしかない」ってな感じで。そこからタレントの“キャラづくり”が始まっていくんではないでしょうか。
今回の事件に話を戻すと、プロダクションの話では「彼女が小学生のころに菓子を万引きした経験を誇張して番組で話した」といいます。これは明らかに彼女のキャラを立たせるための戦略だったのでしょう。生意気でヤンキーっぽい感じが人気を集め始めている時期だったので、さらにキャラを明確にアピールし確立する必要があったのだと思います。その行為が行き過ぎた、ということが今回の原因であると思います。キャラクター性を高めなければ売れない業界やそのプロダクション、そして自分自身に踊らされた彼女は、ある意味この事件の被害者ではないでしょうか。
この事件をきっかけに、彼女にはできる限り「自然体で生き残っていける自分」を見つけて欲しい……とは全く思いません。