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テレビ画面に、亡くなった方の名前が無機質に映される。
そこに友人の名前がないかを食い入るように見ていると、10年前の阪神大震災の時を思い出した。物心ついた時からずっと伊丹に住んでいるので、知っている人は数え切れない。一人ひとりを丁寧に確認した。

我が家の最寄り駅はJR伊丹駅と阪急伊丹駅。
JR伊丹駅は例の、事故前にオーバーランを起こした駅だ。どちらかというと通勤に使うのは阪急が多いのだが、JRを使うこともしばしばある。事故の現場は何度も電車で通っている場所で、脱線したカーブもその先にあるさらに急なカーブもよく知っている。それだけにテレビや新聞で何度も報道されると、不思議な心境になってしまう。よく通るJR福知山線が、どこか遠いところのように感じた。

母親がちょうどそのくらいの時間に大阪へ向かう予定だったので、その日の午前中はほとんど仕事が手につかなかった。母親は携帯電話を持っていなかったので連絡の取りようがない。僕は姉や親戚、そして行き先であろう場所に電話を入れる。特に手がかりのないまま、増えていく死者を伝えるニュースに目をやる時間が続いた。昼過ぎに姉からメールが入り、母の無事が確認された。あの電車には乗っていなかったらしい。

帰宅してテレビをつけると、痛ましい事故の模様が各チャンネルで映し出されていた。中には家族と連絡が取れない方に密着しているニュースもあり、見ていると午前中の自分の気持ちを思い出した。乗った人も、乗っていない人もただの偶然。テレビ画面に自分や家族の名前が映し出される可能性は十分にあった。

翌朝、僕は何機ものヘリコプタの音で目覚めた。
阪急伊丹駅ではいつもより多くの人が電車の出発を待っていた。
乗り込むとそこには、懐かしい友人の姿があった。
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2005.04.26 | ライフ | トラックバック(5) | コメント(0) |

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