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2005-07.28 Thu究極の分煙政策[世の中]

Time[20:51] Comment[10] Trackback[4]
「全フロア禁煙になりました」「終日禁煙です」
そんな張り紙を見る機会も多くなった。歩きたばこに罰金を科す地域や国も増えており、愛煙家は肩身の狭い思いをしている。嫌煙者は「たばこなんて消えて無くなればいい」「百害あって一利なし」などとヒステリックに声をそろえ、中には「たばこなんて犯罪だ!」という人も。まるでこの世にはびこる悪魔のような扱いだ。

しかし日本には喫煙者がまだまだ存在する。言葉を借りれば「悪魔だらけの国」なのだ。このまま嫌煙運動を見守っていけば、悪魔は徐々に減少するだろう。しかしその悪魔も一種の文化であり、気分転換などの存在価値を感じる人も多い。マナーの悪さは確かに気になるが、頭ごなしにたばこを否定せず、この悪魔と快適に共存できる手段も考えてみてはどうか。

日本の喫煙者数は約3,000万人。これは本州以外の3島(北海道・九州・四国)の合計人口にほぼ等しい。悪魔と共存する手段を提案するならば、喫煙者は北海道・九州・四国に、禁煙者や嫌煙者は本州に、完全に分かれて生活するのはどうだろう。

これぞ、究極の分煙である。

本州では全域でたばこの販売を禁止し、たばこの自動販売機や公衆灰皿を一つ残らず排除する。そして喫煙した者にはウン十万円の罰金を科す法律を制定。テレビで喫煙シーンを流す場合は、必ず「本州での喫煙は禁止されています」というスーパーを入れる。「禁煙島」の誕生である。

一方、「喫煙島」である北海道・九州・四国では、そこらじゅうに自動販売機と灰皿を設置。禁煙スペースなどもちろんなく、「どんどん吸ってください」と言わんばかりの環境をつくる。ただしポイ捨てや健康への悪影響など、あらゆる問題を放ったらかしにはしない。ポイ捨てに対する罰金、定期検診の義務づけ、ニコチン排出ガムの低価格販売など、集中的な対策を施し、“何でもアリ”な喫煙社会にさせないよう努力する。

もちろん健康的にも環境的にも、たばこは吸わない方が良い。そう考えるとこの政策は、喫煙者を尊重すると同時に、減少させるものでもあるべきだ。そこで、もともと北海道・九州・四国に住む嫌煙者・禁煙者には、本州への移住補助金を交付し、「禁煙島」へ引っ越ししやすくさせる。

このような概要で、「究極の分煙政策」はスタートする。

大阪在住のある4人家族。ヘビースモーカーである40歳手前の会社員Kと、たばこを嫌がる妻と娘2人。娘は上が中学2年生で、下が小学6年生。育ち盛りの娘たちに副流煙を吸わせたくないと、妻と娘は以前からKに禁煙を訴え続けている。しかしKは我慢できず、マンションのベランダで細々とたばこを吸う。多くの家庭で見られる光景である。

そんな一家に、「究極の分煙政策」の話が飛び込んでくる。これからもたばこを吸い続けたいKは、北海道・九州・四国のどこかに転勤・引っ越しを提案する。しかしもちろん家族は猛反対。「なんでお父さんのたばこのために引っ越さなアカンの?」と娘。どうしても吸いたいのなら単身赴任しろとのことだ。金銭面や家族と離れる寂しさを考えると、このまま大阪で禁煙生活を送る方が良いのかもしれない。悩み抜いた末、Kはしぶしぶ禁煙を決意する。

家族を犠牲にするならば 禁煙しましょう ホトトギス  
詩にするとこんな感じか。

現在の嫌煙運動のように、頭ごなしにたばこを否定し喫煙者を追い込むことは、必ずしも得策とは言えない。このような政策とまでは言わないが、喫煙者との快適な共存を目指すことが、おのずと喫煙者の減少につながっていくのではないだろうか。
  

2005-07.25 Mon「常識」レベルを徹底せよ[世の中]

Time[20:51] Comment[6] Trackback[3]
人混みを歩くとき、人は必ずと言っていいほど人とぶつかる。少しくらいならぶつかっても知らんぷりし、多少激しくぶつかったときは「あ、すみません」程度の言葉をかける。私たちは歩くとき、そのような「常識」を認識して歩く。自転車や車などの場合も同様で、それぞれにそれぞれの「常識」がある。その「常識」のレベルは、移動手段の規模が大きくなればなるほど高くなっている。

今月中旬、航空自衛隊の輸送機が東京都上空を飛行中、民間小型機と高度差30〜60メートルまでニアミスしたというニュースが流れた。飛行機という乗り物は少し接触しただけでも墜落の危険に陥り、大惨事に繋がりかねない。それを考えると30メートルのニアミスは大きな事件。自衛隊の飛行機だったことを差し引いても、ニュースとして取り上げられるべき問題である。

これを歩行者や自動車に置き換えると、ニアミスなんてもちろんニュースにならない。人は人とぶつかることさえ日常茶飯事で、ニアミスなんて一日で何億回、何兆回起きているか分からない。自動車の場合で考えると、ぶつかった時の危険性は歩行に比べて高いが、ニアミスなんて歩行と同じく話題にもならない。2〜3メートル横にはとなりの車線で車が走っている状態なので、普通に道路を走っていることが常にニアミスの状態。話題になどなる訳がない。

人間が移動する手段はさまざまである。規模の小さい順番に並べると、徒歩→自転車→バイク→自動車→電車→船→飛行機→そして宇宙船。この順に比例して移動速度も便利度も増していくのだが、その一方で、少しのミスすら許されなくなっていくのもこの順番である。歩行や自動車では話題になる訳もないニアミスは、船や飛行機では当然のごとくニュースになる。飛行機や宇宙船は故障ですらニュースになり、接触事故なんて起これば間違いなく大事件。皮肉にも便利であればあるほど危険度は高くなり、人々はよりナーバスにならなければならないのだ。運転手や操縦士は、より「常識」のレベルを高く設定しなければならない。

延期されていたスペースシャトル「ディスカバリー」の打ち上げは、残量センサー4個のうち1個に異常が再発しても打ち上げる予定らしい。4個すべてが正常でないと打ち上げられないという「常識」を、なぜ今守ろうとしないのか。コロンビア号のような事故を二度と起こさないためにも、宇宙船に対する「常識」レベルを高くし、そして徹底してほしい。
  

2005-07.22 Fri勝手に映画批評5[映画]

Time[11:30] Comment[4] Trackback[15]
【ディープ・ブルー】 9点
いや〜。・・・すごい!
「おもしろい」って言うより、「すごい」ですね。NHKのドキュメント番組を何倍もスケールアップしたような作品です。正直、最初は「これって果たして映画か?」って思いました。でも、必ずしも映画にはストーリーが必要なもんじゃない。映画って、観てる人に何かを訴えかけることが醍醐味の一つであると思うんですが、この映画は十二分にその役割を果たしていると思います。弱肉強食の食物連鎖、海の中の生物の神秘性や残酷さ・・・。「生きる」っていうことが痛いほど伝わってきます。CGではこの感情は絶対に生まれないでしょうね。僕は前から映画に対して、CGだろうが実写だろうが、制作期間が1年だろうが10年だろうが、制作費が300万だろうが10億だろうが、そんなことは映画の評価と関係ないと思ってきました。でもこの映画を観ると、その考えは改めなきゃいけないと感じました。CGを使わない大自然のリアルな映像だからこそ、様々なことを考えさせてくれました。製作期間は7年らしい。そりゃ、そのくらいかかるわ。

一つ残念だったのは、加工せず徹底的にそのままの要素を使ってほしかったこと。実はこの映画、CGを全く使っていないわけじゃないんです。サメや海溝は実写でなくCG。せっかくこれだけの素晴らしい映像を集められたんですから、どうせならフル実写にしてほしかった。海中のシーンで使われていた効果音もそう。これはアフレコでの人工的効果音なんです。なんか見ていて違和感を感じました。海中は音が出にくい空間なので、効果音を足す気持ちも分かります。でも、どうせなら徹底的に“そのまま”にこだわってほしかった。う〜ん、残念。

僕はDVDを借りて観ましたが、これは映画館で観た方が絶対いいでしょうね。ただし、ドキュメント番組を退屈だと感じる人は絶対おもんない映画です。だから観ない方がいいでしょう。僕はスキューバでは魚にあんまり興味ないくせに、昔からこの類のドキュメントは大好きでした。だからおもしろく感じたんでしょうね。

【パイレーツ・オブ・カリビアン】 4点
う〜ん、それほどでもなかった・・・。
思ったより対象年齢の低い映画ですね。所詮はディズニー映画。プレステのロールプレイングゲームぐらいがちょうどいいんじゃないでしょうか。

まず一つ。都合のいいことが多すぎる。あの時代の船っていうのは、もちろんコンピュータなんて無く、コンパス一つで航海していたんです。だからそんなに上手いこと目的地に辿り着くことなんてできないでしょう。広い海に海賊船を探しに行くことも、この時代ではかなりの難しさのはずです。しかしこの映画では、すんなりと目的地に辿り着き、簡単に海賊船を探し当てていました。ドラクエのルーラじゃないんやから・・・。時間の都合なんですかね。かなり違和感がありました。

コメディー映画ってわけでもないのに緊張感がなかったし、ジョニー・ディップの正体も途中からバレバレだったし、チャンバラのグレードは低いし。とにかく“子供だまし”な感じがした映画です。あと、クレジット後のおまけシーン、何やあれ?なんか、「もしこの映画がウケたら、パート2を作ろう」感が丸出しなんですよ。妙に意味深な感じが、ちょっとイヤラシかったですね。

最後にもう一つダメ出しを。
僕としてはもっと海賊の汚さや残虐さ、したたかさを描いて欲しかった。

【シカゴ】 9点
おもしろい。お見事ですな。
ミュージカル系の映画としての完成度はバッチリです。一つ一つの歌にしっかりとしたテーマがあり、歌い手の本音と建前が伝わってきました。アレンジも目を引くものが多い。記者会見での腹話術なんて絶品ですね。レニー・ゼルウィガーもあんなに踊れる女優だとは知りませんでした。もう少しグラマーな体だったら言うことないんですが・・・。

この映画を見ていると、何か世の中の流れを皮肉っているように感じます。この映画では殺人事件も記者会見も、裁判もすべてショーのような見せ方をしています。事件や裁判をまるでショーのように扱うマスコミ、そしてそれに群がる大衆、ビジネス化する弁護士、それらすべてを皮肉っているように感じました。ストーリーは薄いように感じますが、感じるものがありました。

ただ、リチャード・ギアがあんまりだった。なんか、一番大事に扱われてるなーって思いました。この役に合うからではなく、監督が個人的に好きだから抜擢されたような感じに見えます。ダンスも歌もそんなに上手くなかったし、他の人の方が良かったのではないでしょうか。
  

2005-07.20 Wedアメリカ独裁日記[世の中]

Time[13:00] Comment[14] Trackback[1]
 今日は一風変わった日記をご紹介しましょう。
 これはある中学生による日記です。


おれの名前は米。この学校の生徒会長だ。みんながおれを尊敬していて、みんながおれについてくる。おれはこの学校をもっともっと良くしていきたいんだ。そのためには、不良のいない学校にしなきゃいけない。ケンカはだめだと神様が言ってたけど、自由で平和な学校にするためだ。ケンカも仕方ねえ。

おれは強い。お金もたくさん持ってるし、武器(※1)も持っている。おれは正義だから、特別に武器を持ってもいいことになっている。それはおれが決めた。なぜならおれは正義だから。正義のためなら武器を持ってもいいんだ。昔、生徒みんなでケンカをしたことがあって(※2)、おれは悪者だった日くんに、その武器で2回も攻撃した。それからというもの、日くんはおれの手下になった。簡単なもんさ。

先生なんて何もしてくれない。ベトくんをめぐってケンカをしたとき(※3)、先生は「やめろ」としか言わなかった。イラクくんがサウジくんをいじめたときは、「ケンカで解決してはいけない。私が話し合いで解決する」と先生は言ったのに、結局できずにおれがケンカで解決した(※4)。こっちは平和な学校にするためにケンカしてるのに、先生はPTAのことばっかり気にしてウジウジしてやがる。今の校長のアナン先生もそうだ。だからおれは先生なんて頼らない。これからもおれが一人でこの学校を平和にしてやる。

今日、誰かがおれの家を荒らしやがって、車が2台とも壊された(※5)。おれはもう本気で怒った。誰がこんなことしやがったんだ。これはまちがいなくおれへの、正義への挑戦状だ。許さねえ。売られたケンカは買おうじゃねえか。いろいろ考えると、やったのはあいつしかいない。前からおれの悪口を言っていた、不良のラディンだ。証拠はないけど、絶対あいつだ。あいつはアフガンくんの家にいそうろうしてるから、いまからアフガンくんの家に殴りこんでやる。副会長の英くんや仏くんたちも来てくれて、いっしょに乗りこんだ。ラディンはいなかったけど、とりあえず家の中をめちゃくちゃにしてやった(※6)。アフガンくんには悪いけど、これも平和のため。仕方ねえや。聖徒に歯向かう悪者には、神の裁きが下るんだ。ざまあみろ。

もうこうなったら、学校にいる不良どもを一人残らずやっつけてやる。おれは校内放送で、不良のイラクくんと北くん、そしてイランくんに呼びかけた。「おまえら悪の枢軸は、持ってはいけない武器を持っている。おまえらがそれでおれを狙ってるのはわかってるぞ。すぐに捨てないと、おれはおまえらをぶっ殺す!」我ながらカッコイイ呼びかけだ(※7)。証拠はないけど、あいつら、絶対に武器を持ってるんだ。

おれはイラクくんと廊下ですれ違うたびに、「武器を出せ」って言ってるんだけど、あいつは出そうとしない。「持ちもの検査するぞ!」って言っても無視しやがる。あいつが武器を持ってるのはわかってるんだ。こうなったら力ずくだ。おれはイラクくんの家に乗りこむことにした。クラスの何人かが反対してきて、先生に相談しろと言う。先生なんかに相談しても意味がねえ。おれは英くんといっしょにイラクくんの家に乗りこみ、イラクくんを半殺しにした(※8)。それでもイラクくんは「武器は持ってない」と言い張るから、おれは部屋をしらべた。でも武器は見つからなかった。あれ?おかしいな・・・。まあ、でも、あいつは今から武器を持とうとしていたはずだ。だから殴ったことは正義なんだ。おれは正しい。

半殺しにしたかいもあって、イラクくんはどんどんいい奴になってきたように見える。さすがおれの力。さあ、次は引きこもりの北くんでもこらしめてやろうかな。北くんは自分で「武器を持ってる」とか言っているから殴りやすい。日くんに荷物持ちでもさせて、近いうちに北くんの家に乗りこもう。みんなが反対するだろうけど、これも正義のためだ。仕方ねえ。

おれは神に選ばれた男。
おれは世界を自由にする使命がある。
だからおれに歯向かうやつは「悪」なんだ。

そうでしょ、イエス様?
  

2005-07.17 Sun日本人を惹きつける「小よく大を制す」[スポーツ]

Time[23:49] Comment[6] Trackback[2]
小よく大を制すという言葉は、小さな人が大きな人を倒した、という事実を説いているものではない。わずかな可能性を頼りに、不可能だと思われることに立ち向かっていく勇気を伝えているんだ」

今日の女子バレーボール2005ワールドグランプリ。
日本VSキューバの試合をテレビで見ていると、ある人のその言葉をふと思い出した。

「技のデパート」の異名をとり、数々の巨漢力士と名勝負を演じてきた元小結・舞の海関の言葉である。自分より2倍も3倍も体重のある力士に対し、臆することなく勇敢に立ち向かった超小兵力士だ。特に小錦関との戦いは有名で、時には立ち合いに変化し、時には懐にもぐりこみ戦った。大相撲ファンのみならず、多くの人がその戦いぶりに注目し、応援した。

日本人の国民性には判官びいきの一面がある。
弱い者に心を傾け、悲劇のヒーローに美しさを感じる。「敗者復活戦」なんてルールは、日本人のためにあると言っても過言ではないだろう。その国民性の背景には様々な説がある。大変革期の厳しい競争の中で、敗れたことによる劣等感などのマイナス感情が具現化したという説や、極小の島国で小柄な民族という自国・自国民に対するコンプレックスからきたという説など。もちろんその国民性も一種の文化であり、否定する気はさらさらない。それが日本のスポーツを、ある意味ドラマティックに盛り上げたことも揺るぎない事実であるからだ。「小よく大を制す」「柔よく剛を制す」という言葉は、まさにその国民性から生まれた言葉なのである。

柳本ジャパンの平均身長は約176cm。キューバはそれより10cm以上高い。バレーボールという競技は高さが絶対的要素であり、平均身長が10cm以上開いている時点で正攻法では立ち向かえない。単純に考えると、勝敗は目に見えている。私自身も中学時代にバレーボールをしていたのだが、当時は身長が低く、アタック練習すらロクにさせてもらえない。サーブとレシーブ専門で、レギュラーにはなれなかった。そんな経験からも、今日の試合に日本が勝つのは難しいと感じていた。しかし蓋を開けてみると、日本はまさに「小よく大を制す」。堪え忍ぶようにキューバのアタックを拾い続け、攻撃は相手のブロックを利用してブロックアウトを狙った。それはまるで舞の海が小錦に立ち向かうようで、頭で考え、技で勝負した。接戦の末惜しくも勝つことはできなかったが、その戦いぶりは「これぞニッポン!」を思わせた。

知将・野村克也監督は「弱者を強者に変える」ではなく、「弱者が強者に勝つ」をモットーに、見事に弱小・ヤクルトスワローズを優勝に導き、プロ野球界に革命を起こした。舞の海氏の言う「わずかな可能性を頼りに、不可能だと思われることに立ち向かっていく勇気を伝える」ことを実践したひとりである。判官びいきな日本人を惹きつけるには、野村監督や舞の海関、そして柳本ジャパンのように「小よく大を制す」の姿勢が必要なのだ。

でないと、低迷するどこかのプロ野球チームのようになってしまう。
  

2005-07.14 Thuサルでもわかる親の責任[ライフ]

Time[22:41] Comment[6] Trackback[1]
それはt.A.T.uがミュージックステーションをドタキャンしてから
数週間が経過した初夏の日の夕暮れ時に起こった。

茨木市にあるマイカルで
映画「踊る大捜査線 THE MOVIE2」を見た私は、
吹田にあるお気に入りのラーメン屋「天神旗」に向かおうと、
4階の立体駐車場から車を出そうとしていた。

エンジンをかける。
ハンドブレーキを下げる。
セレクトバーをDレンジに入れる。
周囲の安全を確認し、
ブレーキから足を外す。
クリープ現象が始まる。
車が前進をはじめる。
アクセルを少しずつ踏む。

その時、突然子どもが車の前に飛び出した。

声を上げる間もなく
反射的にブレーキを踏む。

耳を澄まさないと聞こえないくらいの摩擦音が
タイヤから出たような気がした。

間一髪だった。

子どもは2〜3歳くらいだったろうか。
危なかったその状況に怯えたのだろう、
数メートル離れた母親の元に戻っていった。
私は飛び出した子どもを睨みつける前に、
その母親に目を向けた。

「走っている車に飛び出してくるなんて完全に自殺行為だ。
たーんと母親に叱られるがいい」

そう思った瞬間、
その母親は私に向かって
信じられないことを口にした。


「あなた!危ないでしょ!」


そう言いながら、母親は子どもの頭を撫でた。
何度も、何度も。

その声を聞いた周囲の人が
冷たい目線で私を見る。
私は謝らず、駐車場を後にした。


今頃、あの子どもはどうしているだろう。

あの日、母親に叱られなかったことによって、
性懲りもなくまた車に飛び出し、
大ケガでも負っていなければ良いのだが。


※この物語はノンフィクションであり、事実に完全に基づいております。
 そして同様の出来事を、過去に3度経験しております。
  

2005-07.09 Sat【提言】 四国アイランドリーグ関係者各位[スポーツ]

Time[23:43] Comment[5] Trackback[2]
四国アイランドリーグを観戦してきました。

58年ぶりの独立リーグ誕生。しかも、今までプロ野球チームが存在しなかった四国での開催。地域文化に根付いたリーグ作りを目指すこともあって、四国のみならず日本全国から大きな期待が寄せられています。

暗黒の時代が訪れている日本プロ野球界にとって、このリーグは地域密着のお手本のような存在になってくれる。そう思うファンも少なくないはずです。西武・ダイエーで活躍した石毛宏典氏が仕掛け人であることも話題性を高めており、開幕までは新聞各紙・雑誌が特集を組むなど、盛り上がり度は上々でした。

しかし、4月29日のリーグ開幕以来、あまりメディアに取り上げられなくなった気がします。たまたま僕はこの5〜6月、仕事で四国(香川・徳島)を回っていたので、実際に地元の盛り上がり具合を確認してきました。しかし、地元民との会話にも、車で通る街並みにも、四国アイランドリーグの“し”の字すらありません。う〜ん・・・、これは何故だろう?その真相を確かめるべく、僕は実際に球場へ足を運びました。もちろん、仕事外が終わってから。

その日は平日で16:00プレイボール。鳴門総合運動公園野球場での徳島インディゴソックスVS香川オリーブガイナーズ戦でした。お客さんの入りは500人強。僕は仕事を終えてから球場に入ったので、5回くらいからの試合観戦になりました。試合は接戦。最後は徳島が相手のワイルドピッチでサヨナラ勝ちを収め、見事5連勝を飾りました。シーソーゲームということもあって、ファンはなかなかの盛り上がり。ファンサービスも努力している感があり、日本プロ野球とはまた違った楽しさがありました。

・・・・しかし改善点は多い
僕は実際に観戦して、改善点の多さを感じました。何をするにも、初年度はめちゃめちゃ大事なんですよ。感じた改善点は次の7点。もし関係者がこれをご覧になったていら、ぜひとも実行して頂きたい。僕は心からそう思っています。

一、地元出身選手を増やせ!
いや〜少ない。地元出身者のみならず、四国出身者自体が少ない。四国は野球王国ですよ。高校野球で言っても松山商業、済美、明徳義塾、尽誠学園、高松商、徳島商・・・強豪揃いじゃないですか。それなのに、四国出身者の割合は4チーム合計でたったの13%!選手全95人中12人しかいないんです。だからと言って全国のレベルの高い選手を集めている感じもしない。見に行った試合はエラーやミスだらけ。特に守備が悪い。得点シーンはほとんどがエラーがらみでした。こんな調子ならファンは離れていきますよ。“おらがチーム”を感じられることがこのリーグの醍醐味でしょう。どうせレベルが高くないのなら、地元選手が多い方が間違いなく盛り上がりますよ。全国の野球選手の受け皿ということもよく分かりますが、リーグ存続のためにはまず「盛り上がり」を最優先しましょう。少しくらい下手クソでも、地元選手だったらファンも気合い入れて応援します。今からでもいいから地元選手を集めましょう。もちろん、監督とコーチも同様。当然でしょ。

二、入場料を安くしろ!
大人は内外野自由席で1,000円。小・中学生の当日券は500円。初年度ということを考えると、もう少しだけ安くしてはいかがだろうか?確かに、「プロ野球」と言いながらも選手の給料は激安。一律12万円らしいです。入場料を下げたくない気持ちもよく分かります。でも長期的な視野で考えると、まずはファンの獲得が優先でしょう。できるだけたくさんの人に見てもらわないと。開幕から観客動員は良好らしいのですが、物珍しさという見方もあります。とりあえず初年度はファン獲得のために、大人700円、小・中学生300円くらいにしましょうよ。親子で1,000円ポッキリ。売りやすいじゃないですか。

三、平日はナイターにせよ!
僕が見に行った試合は、平日なのに16:00プレイボール。会社のある人間は観に行けない・・・。結局、これも原因はおカネなんです。ナイターは照明代がかかりますからね。でも、さっきの提案と同じで、初年度はファン獲得を考えましょう。経営者は血を流しましょう。その日を18:00プレイボールにしていたら、確実に観客は増えたでしょう。恐らく1,000人弱くらいにはなったんじゃないでしょうか。プロ野球なんだからケチ臭いこと言わず、ファン主体で物事を考えてください。そしてその前に、高知の球場にナイター設備を整えてやれ!

四、新しい応援スタイルを目指せ!
なんかねえ・・・、両チームとも、名前を連呼して「かっ飛ばせー」っていうスタイルなんです。せっかく58年ぶりに誕生した新プロ野球リーグなんですから、新しいことをしないと。徳島のファンで、「阿波踊り」をモチーフにした応援をたまにやっていました。あ、オモロイやん、って思いました。そういう応援でもいいんです。逆に楽天みたいに「鳴り物なし」の応援でもいいと思います。メガホン叩いて「かっ飛ばせー」って・・・ネタが何もなかったみたいじゃなですか。ファンも考えないと。野球と言えば「メガホン」と「かっ飛ばせー」という固定観念があるんでしょうね。まずそれを捨てるべきです。「意地でも日本プロ野球の真似はしない!」くらいの意気込みが欲しい。テレビで巨人戦を観てる人を振り向かせるには、「こっちは応援も違うぜ」ってトコを見せつけないと。特に日本の野球は、応援が醍醐味(良く言えば)なんですから。

五、チームを特集したフリーペーパーを創刊せよ!
こんなん創ったらオモロイんちゃいますか。地元企業から広告費もらって、選手や監督、コーチの特集をやる。『○○選手はプロ野球とコンビニバイトの「二足のわらじ」を履いていた!』とか、『○○監督の大好物!試合前はいつもこの店!』とか。インタビューとかいれつつね。こんな特集をやると、選手とファンの距離は絶対に近くなります。フリーペーパーだからかなりの部数を配れるでしょうし。もちろん、各県でそれぞれ創って配る。それによって4県で競争が起こり、競争意識が高まります。応援にもより熱が入ることでしょう。初年度で地元の注目度が高い今年がチャンスです!ぜひぜひ実現を!

六、選手名鑑でカネを取るな!
球場内で売っていましたが、・・・500円。カネ取るんかぃ〜!って思いました。観戦に選手名鑑は必需品ですので、500円でも「買おっかな〜」って思います。でも何回も言いますが、今年はリーグ初年度です。球団や経営者は、カネを払ってでもファンに選手の名前と顔を覚えてもらいたいはずです。こんな良い紙使わなくてもいいし、モノクロでもいいんです。全てはファンを呼ぶため。今年は無料で配りましょう!

七、石毛社長はブログを更新しろ!
四国アイランドリーグの公式ホームページ。「石毛社長のメッセージ」という題で、ブログが開設されました。開幕前の4月19日、「近日公開  ブログの公開をお楽しみに。」 という内容以来、全く更新されていません。忙しいのは分かりますが、ホリエモンでも更新してるんです。数行のメッセージくらい、すぐ書けるでしょ。自分がしゃべった言葉を誰かに書かせればいいんです。「ブログを始める」と言ったからには、何としてでも始めていただきたい。トップがそんないい加減なら、ファンも選手もテンション下がるんです。逆に石毛社長が、毎日のようにブログを更新すると、ファンとの距離も近づきますし、「忙しいのにファンのために頑張ってはるわ〜」とファンの心をと掴むことができます。今か今かと楽しみにしているファンも多いでしょう。たかがブログと思うかも知れませんが、これはデカいですよ。トップの姿勢として受け止められますから。速やかに更新しなさい。

以上、四国アイランドリーグへの提言でした。
これを全て実行に移せば、必ず成功します。断言します。
関係者の皆様、宜しくお願いします。
  

2005-07.07 Thu車を使わない=真の文明?[世の中]

Time[21:47] Comment[4] Trackback[0]
歩行手当なるものを支給する会社がある。ただ単に歩いて会社に行くだけで、なんとお金が貰えるのだ。世の中変わったなあ、と思ってしまうのは私だけでないだろう。人が独力で移動するだけの行為に、価値が生まれているのだ。背景にはマイカー通勤を減らすことがある。あれほど便利でラクな自動車の使用を、なぜ減らそうとしているのか。

自動車は19世紀の後半に誕生。それ以来、移動手段や輸送手段にとどまらず、様々な面で人類の生活を豊かにしてきた。人類の進歩は自動車なくして語れない。言ってみれば、自動車は文明開化の象徴である。そんな自動車に対して現在、CO2排出などの環境問題が提起され始めている。「歩行手当」なるものが現れたのは、その問題を少しでも解決していこうとする動きからだ。環境問題が文明に「待った」をかけているような状況である。

35年前の大阪万博で世界各国は「これでもか!」と言わんばかりに己の科学技術を誇示した。しかし今年、愛知で開催されている万博のテーマは「自然の叡智」。人類の生活を豊かにするだけが文明である時代は終わり、「環境との共存」こそが真の文明だと考えられ始めている。

今から約40年前、作家の星新一さんは『おみやげ』という作品の中で、人類と文明についてこんな物語を書いている。まだ人類がサルだった時代、宇宙人が地球に降り立つ。そこで宇宙人は、人類が進化した時への“おみやげ”として、タイムカプセルに様々なアイテムを入れ砂漠に埋めた。「何でも治す薬」「宇宙船の設計図」など、文明開化に必要なものばかりがそこにあった。その後人類は進化するが、タイムカプセルが埋まっているとは知らず、その砂漠で核実験をしてしまう。宇宙人の“おみやげ”は無惨にも砕け散った。

地球環境を無視し、科学をむやみに進化させ使い続けると、いつかしっぺ返しを食らう。星さんの言う“おみやげ”を人類が手にするには、環境と共存できる文明が必要なのだ。

とりあえず今日は車を使わず、自転車で買い物に行こう。
  

2005-07.03 Sunミュージカルバトン[音楽]

Time[12:25] Comment[2] Trackback[1]
たぶより、Musical Batonなるものが回ってきた。ここ数日、さまざまな人のブログやmixi日記でこの企画(?)を拝見していました。なかなかの盛り上がりを魅せているようです。

Musical Batonとは、海外のブロガーが始めた遊び(?)がネットワークから来日したものらしい。音楽に関するいくつかの質問が「バトン」として回ってきて、自分のブログ上でこれらの質問に答える。そして次の5人を選びその人にバトンを渡す、というルールらしい。言ってみれば「ネズミ講」「チェーンメール」の類のようなもの。もしかしたらどこかの企業がマーケティングリサーチのために広めているのでは?と思います。タダで手っ取り早くアンケートができますし、広めていくのもラク。話題にもなりますしね。5月くらいから急激に広まっているみたいで、今後はネットや雑誌でも取り上げられるのでしょう。

まあ特に断る理由もなく、これはこれで書くのがおもしろそうなので、
早速やってみようと思います。

1.Total volume of music files on my computer
(コンピュータに入ってる音楽ファイルの容量)
14.99G
20Gのipodにて使用。詰め込むだけ詰め込んで、全曲シャッフルして聞いています。このシャッフル機能はかなりお気に入り。僕は20年以上前の曲から最新の曲まで幅広く入れているので、次に流れるのがどの時代のどのジャンルの曲かが全く分かりません。なかなかワクワクして楽しめます。単純な機能ですが、「音楽の時代錯誤」が味わえる良い機能だと思います。


2.Song playing right now(今聞いている曲)
スタウダマイヤー(奥田民生)
最新アルバム「comp」の中の一曲。聞いていたらボーっとしてきて、まるでお経のよう。 暗〜い曲なんですが、何か知らないけどパワーが沸いてくる不思議な曲です。ソロデビューアルバム「29」に入っている「674」という曲に似たダラダラ感があります。ただ歌詞の内容や伝わってくるものは全く逆。「674」が“陰”だとすると、「スタウダマイヤー」は“陽”って感じ。

3.The last CD I bought(最後に買ったCD)
南の島(我如古絵美)
香川県高松市にある沖縄料理屋「琉球御殿」で彼女と出会いました。我如古さんは沖縄民謡ライブで各地を回っている沖縄出身の歌手。その日も三線を弾きながら沖縄民謡を歌ってくれました。天然ボケでボーっとした性格とは裏腹に、ハイトーンで元気のよいステージを披露してくれます。唄もかなり上手。沖縄民謡独特の、所々に裏声を入れる歌い方も完璧でした。その日僕は直接彼女からCDを購入。ジャケットに「NO UCHINA MUSIC NO LIFE!!」という彼女のキャッチコピーもサインしてもらいました。近いうちに大阪に来るかもしれないので、その時は是非ライブを見に行きたい。

4.Five songs(tunes) I listen to a lot, or that mean a lot to me
(よく聞く、または特別な思い入れのある5曲)
PIECE OF MY WISH(今井美樹)
中学生の頃に聴きまくっていた曲。サビの歌詞が、中坊の僕にはグサッときました。嫌なことがあるといつもこの曲を聴いていたような気がします。生まれて初めて聴いて泣いたのはこの曲。思春期で反抗期だった当時の僕は、「叱ってくれる母親」のような感覚でこの曲を聴いていたのかもしれません。今井美樹の曲は、布袋寅泰がプロデュースするまでは大好きで、オススメ曲もたくさんあります。包容力のある歌声がとても魅力的でした。

あなただけを〜Summer Heartbreak〜(サザンオールスターズ)
この曲を聴くと、必ず高校2年生の夏休みを思い出します。僕は陸上部に所属していて、一つ下の女の子との小さな駆け引きがありました。今になって思うと本当に小さなエピソードですが、当時の僕にとってはまるでドラマのよう。この曲はその頃に発売され、部屋でよく聴いていました。この曲が主題歌の恋愛ドラマ「いつかまた逢える」が当時放映されていて、主人公と自分を重ねて見てたもんです。

遠くへ−1973年・春・20才−(浜田省吾)
僕にとって暗黒の時代とも言える、浪人時代に聴きまくっていた曲。この頃の僕は勉強ばかりで、心がかなり病んでいました。これは「浪人後の大学生活」を歌った歌。この曲を聴くと、辛い浪人生活から逃げることができる気がして、何度も何度も聴きました。。受験で京都の大学に行くバスの中で、この曲を繰り返し聴いていたことは、今でもはっきり覚えています。

あいかわらずなボクら(B'z)
大学1回生の春、先輩の卒業式の後に行われた“追いコン”を思い出します。スキューバダイビングのサークルでお世話になった当時の4回生に向けて、1回生だった僕らが生演奏して歌いました。大学に入って初めての追いコンということもあり、追いコンではみんなボロ泣き。この曲を聴いて4回生の一人が泣いてくれて、それが嬉しかったのを覚えています。そんな思い出のある曲。B'zはあまり好きではないのですが、この曲は例外。“ダサカッコイイ”歌詞が、サークルの雰囲気に合っていた気がします。

アカイヌクモリ(EGO-WRAPPIN')
大学4回生の冬、助っ人として所属していたバンドで演奏しました。秋頃から練習を始めたのですが、エゴの楽譜がどこにも売ってなく、必死で耳コピしたのを覚えています。前のブログでBYRDという曲についても書きましたが、同じくこの曲もアメリカ同時多発テロの時によく聴いていた曲。ピアニカの音を中心としたアコースティックな演奏が、何ともレトロで味わい深い雰囲気を演出しています。聴くと今でも当時の記憶が蘇る、名曲です。

5.Five people to whom I'm passing the baton(バトンを渡す5名)
これを誰が見てくれているかわかりませんし、見たからといって書くかどうかもわかりません。でも書いている以上、とりあえず指名しようかと思います。

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もしヒマならお書きください。
以上になります。