sons and daughters -blog-

2006-06.27 Tue勝手に映画批評11[映画]

Time[07:23] Comment[11] Trackback[33]
【かもめ食堂】 10点
誰もが好きになる映画では決してないけど・・・最高でした。
僕は気に入った映画でもDVDやサントラを買うことはほとんどないんですが、この映画を観て思わずサントラを買ってしまいました。DVDも出たら買うつもりです。印象をひと言で言えば「うたた寝しながら観たい映画」。全体的に音楽もほとんどなく、スローなテンポで抑揚もなく進んでいく感じがかなり“気持ちいい”と思える空気のような映画。小林聡美、片桐はいり、もたいまさこの3人の個性を十二分に活かし、それでいて3人を調和させている塩梅が絶妙でした。映画の終わり方もここ数年に観た映画の中では一番良かった。ダラダラしてるようでダラダラしてなくて、素晴らしく良いメリハリを感じました。

この映画の大きなポイントは音楽とカメラワーク。映画の中で音楽はほとんど流れていませんでした(サントラ買ったけど15曲合わせてたった19分!)。これはフィンランド・ヘルシンキのゆったりした雰囲気を出すことが狙いなんでしょうね。音楽がほとんどないにもかかわらずカメラワークやセリフにテンポがあり、ゆっくりとした中にもリズムが生まれていました。ヘルシンキの雰囲気を出し、それでいてダラダラした感じを出さなかったところに監督の上手さを感じました。カメラワークがたまに食堂の中にいる一人の目線のようなアングルになっていたことも良かった点の一つ。潜在的に「かもめ食堂」にいる人の一人になった気がして、“映画を観てる”というよりも“映画の中にいる”ような感覚を覚えさせてくれました。

主人公の3人は何かしら深い理由でヘルシンキに集まっているようでしたが、それをすべては明らかにしなかったことも気に入った点のひとつ。謎が多く残ることで様々な想像力をかき立てさせられました。でも、あくまでストーリーはその部分に焦点が当たらないように進んでいくので、終わってから気持ち悪い感覚も感じなかった。すべてが監督や脚本の狙い通りなのかどうかは知りませんが、そういう細かい部分に僕はハマりました。「絶妙!」って思えるポイントが多かったです。登場人物がかなり少ない映画であることも、僕にとってはけっこう好きなポイントですし。

コミカルでほんわかした雰囲気でボーっとしながらでも観られる映画ですが、映画から感じられる“大きなもの”もありました。小林聡美があるシーンでボソっと言った「人間は変わっていくから」の会話のあたり。その部分がこの映画の伝えたいことだったのではないでしょうか。それについて小林聡美は多くこそ語ってはいませんが、寂しさとか強さ、弱さとかが垣間見えて、人間の過去や未来、出会いや別れなどについて考えさせられました。良い映画を観ている時って、観ながらいつの間にか考えごとをしてしまったりします。数分後にあわてて映画に戻るんですが、その感覚が僕はかなり好きです。なんか深いものを感じる映画って、こんなふうに僕に考えごとをさせる傾向がある気がします。そこがホンマにたまらんのです。でも言っておきますが、この手の映画は嫌いな人も多いはずです。“事件”が全くないですから。


【DEATH NOTE デスノート 前編】 5点
思ったよりは良かった・・・程度の映画。
漫画はけっこう好きでよく読んだんですが、こういう人気漫画みたいなものを映画化するとたいがいが駄作になる傾向があります。『ドラゴンヘッド』なんか最低最悪やった。でもこの映画はそんな予想に少しだけ反して、まあまあ楽しめました。原作の一番おもしろい部分を映画化しているんで、まあそりゃあオモロイわな〜って印象です。良くも悪くも漫画を忠実に再現しているから、フツーに漫画を楽しんでいるのと同じ感覚で観れました。主人公のライトの冷酷ぶりもなかなか良い感じに出てましたし。

ただ、これは完全なる「商業用の映画」ですね。漫画を忠実に映像化することに全力を注いで、映画ならではの演出や展開は完全に捨てたって感じがします。ストーリーが漫画と違っているのは当然として、リュークのCGもLやライトの見た目も、新規ファンより既存の漫画ファンを引き寄せることを完全に狙ってるって感じがしました。前編・後編に分けたことについては、内容的に2時間では詰めきれないっていうのはわかるんですが、ちょっと乱暴すぎる気がします。2時間の完結ものにする技術やアタマがなかったと露呈しているようなモンですし、特に終わり方がお客さんのことを考えてないような乱暴な終わり方のような気がしました。もしかしたらこの映画の出来(というか原作自体)に相当な自信があるのかもしれないですね。なんかテレビで最近よくある「結果はCMのあと・・・!!」みたいな、「延ばして延ばして・・・」っていう戦法を露骨に使っている感じがして、あまり好きじゃないですね。100歩譲ってこの方法をとらざるを得なかったとしても、前編を観た人だけ後編の入場料を安くするとかしてくれないと、映画制作側の“いやらしさ”だけが伝わってしまってイヤですわ。

映画の内容で言うと、僕としてはもっと漫画と違うことをしてほしかった。漫画のイメージを壊さないようにしすぎていたので、すべての映像で「ムチャできない」感があり、つくりもののような“ハリボテの世界”って感じに見えました。僕ならもっと生活感のある映像を描こうとしていたと思います。あと、リュークの存在にかなり違和感があったのも気になった。漫画でも多少の違和感はあるんですが、映画ではあえて登場させないくらいのことをしても良かったと思います。もしくは、限りなく人間に近い存在・ビジュアルにするとか。あのCGはちょっとキツいっす。

あと、この映画はとにかく役者の演技がヘタ!ちょっとヒドすぎじゃないでしょうか?藤原竜也も松山ケンイチも脇役もみんな。エキストラなんて特にひどくて、高校の演劇部よりヒドかった気がします。観ていてこっちが恥ずかしくなりました。よくあんな演技で監督はオッケー出したなぁって逆に感心します。プロやねんからもっとこだわって頑張れ!と言いたいですね。

最後にひとつ。「ライトがなぜ大切なものを犠牲にしてまでデスノートで犯罪者を殺し続けるのか」これをもっと大きく打ち出してほしかった。後編には何かしらの表現があるのかもしれないですが、前編の表現だけではちょっと足りない気がします。
  

2006-06.24 Sat私的音楽特選6(ラブソング編)[音楽]

Time[23:17] Comment[2] Trackback[1]
等身大のラブソング(Aqua Timez)
友達がカラオケで歌っているのを聞いて、その歌詞に感動しました。なんか、照れくさいことを照れずに言えるかっこよさっていうのを感じる歌。こんな歌詞みたいなことを彼女とかに言ってあげられる男って、めっちゃカッコええんやろなあって思う。このAqua Timezっていうグループのことは全く知らんけど、こんなにストレーな歌詞を書ける人ってなかなかいないんちゃうかな。「不器用やけど・・・」って感じのラブソングで素晴らしい曲。なんか三木道山の『LifetimeRespect』って曲を思い出しました。あれもごっついストレートな曲でかっこよかった。曲調はちょっとヒップホップ調なポップスって感じで、なかなか万人ウケしそうな曲。個人的にはそんな好きな曲調じゃないけど。

この曲で一番好きなところは、やっぱり後半の「おまえが何かに傷ついた時に・・・」からの部分。なんか、どんなに落ち込んでても、どんなに後悔することをしてしまっても、このフレーズがすべてを許してくれそうな気がします。自己嫌悪になったときに励ましてくれそう。サビの「百万回の愛してるなんかよりも・・・」っていう部分も好きな人は多いやろうけど、百万回も「愛してる」って言うのはそれはそれですごいと思う。まあでもこれは「口先より行動」っていう意味なんやろうけどね。言葉も大事やけど、行動や態度がもっと大事やってこと。単純なことやけど、これってなかなかできるモンじゃないよなあ。行動できるかどうかは、やっぱ気持ちがあるかどうかが大きく関係してくるから。なんか、そんな単純で難しいことを考えさせてくれる歌。めちゃ良い曲です。

男はバカなのか俺がバカなのか(MALCO)
サビまではなんかベース漫談みたいな雰囲気が漂う曲。でもサビは男の気持ち(?)みたいなことをガツンと歌っていて、心に響きます。彼女に書いた手紙のようで、彼女との思い出を綴った日記のようで、自分を当てはめやすいような歌詞が印象的です。長く付き合ってるカップルにものすごく合う曲。サビ以外の部分は起こった出来事を日記のように書いた歌詞が中心で、逆にサビだけは気持ちの入った歌詞をガッツリ入れています。そこがグッとくるポイントですね。あと、「ケイタイ」とか「コンビニ」とか「プリクラ」とか、生活レベルの単語が出てくるところがリアルな想像をかき立てる大きな要素になってる気がします。

ボーカルの宗ひろしの声や歌い方は個人的にかなり好き。変に気持ちを込めすぎない雰囲気の歌い方で、声が分厚くて、ちょっとしたダラダラ感のある感じ。奥田民生とかフジファブリックなんかの歌い方に似た雰囲気があるかも。なんか、トボけてるようで、テキトーなように見えて、実はいろいろ考えて頑張ってるねんぞ、っていう人みたいで、理想の男に近い雰囲気を感じます。ぜひともカラオケで歌ってみたい。「コンビニで今日も・・・」の部分なんか気持ち込めまくりで熱唱してみたい。

この曲のタイトルにあるように、男はある意味バカな生き物だと思います。この歌詞に出てくる人物も、僕自身も、自分の周りにいる人たちも、男特有のバカさをみんな持っている気がします。バカやけど、一生忘れちゃあかんバカさやと思う。だからこの曲が素晴らしいと感じるんやろうね。

幸せをありがとう(ケツメイシ)
結婚ソングのもはや定番と化している名曲。この曲が大学時代からの友人の結婚式の入場シーンで流れて、その瞬間ちょっと鳥肌が立ったのを覚えています。僕自身、結婚願望は今はあまりないけど、この曲を聴くたびに「結婚っていいモンかも」って思います。この曲も前述の2曲と同様、彼女に対して気持ちをストレートに言葉にして歌っている歌。歌詞一つひとつが光り輝いてる気がします。一見キレイごとを歌った内容に思える歌詞やけど、結婚する二人にとってはキレイごとは本当にキレイなことになるんやなあって聴いてて思います。

「幸せは手を広げて求めるものでなく繋いだ手の中に生まれる」っていうところ、いろんな意味で思い出深い歌詞です。鳥肌が立つほどの結婚式を挙げた友人は、来年ついにパパになるらしい。繋いだ手の中から生まれた幸せがひとつの形になったって感じ。素晴らしいね。かっこいいぜ。幸せって、見てるだけで「ありがとう」って思えることがある(ただし、全く思えないこともある)けど、この曲は彼氏が彼女に言う「ありがとう」だけじゃなく、二人に対する第三者からの「ありがとう」を歌った歌でもあるように思える。なんか結婚の“魔法”みたいなモンを感じて、ほんわかできます。

この秋に結婚する会社の後輩の女の子もこの曲が大好きで、カラオケ行くととりあえず誰かが彼女のために(?)この曲を歌っています。彼女自身も歌ったりもするくらいで、何回聴いても、誰が歌ってても、たとえ歌詞を咬んでも変わらぬ素晴らしさを放ち、聴く度に感動を覚えます。結婚式の一番泣かすシーンで流されたら間違いなく号泣するやろなあ。
  

2006-06.18 Sun悪いこと[世の中]

Time[12:36] Comment[0] Trackback[3]
秋田県藤里町で起きた小学一年の米山豪憲君殺害事件。豪憲君の二軒隣に住む畠山鈴香容疑者が先日、死体遺棄容疑で逮捕された。殺害についても自供を始めており、殺人容疑で再逮捕されるのも時間の問題だろう。豪憲君の殺害には、4月に水死体で見つかった娘・彩香ちゃんの死が何かしら関係しているものとみられている。しかしどんなに同情できる理由であっても殺人は殺人。畠山容疑者は悪者であり、罪を認め償わなければならない。それは世の中の基本中の基本であり常識。悪いことをした人が罰せられるのは当たり前のことだ。

「人に迷惑をかけることはするな」
子どものころよく親に言われたという人も多いはず。世の中で言う「悪いこと」とは、ほとんどがこれに該当すると言っても過言ではない。最近でも、有名どころではシンドラー社のエレベーター事件、川崎小3投げ落とし殺害事件、耐震強度偽装問題など、ニュースになっていることの多くは「誰かが誰かに迷惑をかけた」という内容である(殺人なんて迷惑どころの話しじゃないが)。その「迷惑」を引き起こした原因や理由はあまり関係なく、「迷惑をかけた」時点でその人は罪を犯したことになる。原因や理由はその後のはなし。

しかしニュースを見ていると、直接的に人に迷惑をかけた場合でなくても犯罪となるケースがあることに気がついた。例えば、村上ファンドの村上世彰容疑者が行ったインサイダー取引。これは「誰かを傷つけた」「誰かのお金を盗んだ」「誰かを殺した」など、誰かに直接的な迷惑をかけた事件ではない。しかし、世の中では立派な犯罪として成立している。これは、やはり回り回ると「人に迷惑をかけている」につながることが理由である。今回のインサイダー取引事件では、結果的に投資家たちが利益を村上ファンドに持っていかれた格好になった。間接的ではあるが、加害者と被害者の関係が成り立っている。村上容疑者はただ単に「卑怯だ!」という理由だけで逮捕されたわけだけではないのだ。村上容疑者は「お金儲けは悪いことですか?」と記者に聞いたが、それ自体は決して悪いことではない。悪いのは「ルールを破って他人に迷惑をかけたこと」である。故意か過失かで若干違う部分はあるが、どちらにしてもこれは立派な「悪いこと」である。

洋画家・和田義彦氏がイタリア人画家・アルベルト・スギ氏の絵画を盗作したのではないかという問題も同様、被害者・加害者の関係が成り立っていると言える。和田義彦氏がスギ氏の絵画を盗作したことは、和田氏がオイシイ思いをすること(芸術選奨文部科学大臣賞の受賞など)につながるだけでなく、盗作されたスギ氏の絵画の価値が下がってしまうことにもつながる。直接スギ氏に危害を加えたわけではないが、十分迷惑をかけたことにつながっている。他にも、以前話題になった橋梁工事の談合事件でもそう。直接誰かに危害を加えたわけではないが、回り回って「国民の税金が無駄に使われた」ことになった。この事件で言えば、被害者は国民である。

“ルール違反”という犯罪は、一見、直接誰かに危害を加えたという印象を受けない。サッカーに例えると、相手チームの選手を殴って退場させられるのではなく、手を使ってしまって退場させられるようなもの。手を使うことは、直接的には相手に危害を加える行為とは言えない。しかし手を使うと、足しか使わない人に比べてボールを思うように操ることができ、結果的に相手を倒してしまうことにつながる。相手は手を使わないのだから、結果的に相手チームに迷惑をかけていることになる。「セコい!」の裏には、必ずと言っていいほど被害者が存在する。「悪いこと」とは、直接的だろうが間接的だろうが、加害者と被害者が存在する時点で成り立つのだ。

そう考えたとき、私は共謀罪というものはいかがなものかと思う。他人に迷惑をかけることが基本的な「悪いこと」であるならば、それを「考えた」「話し合った」だけでも犯罪になるのはおかしいのではないか。確かに、犯罪行為を犯すことを「考える」だけでも、それが良いことか悪いことかと考えれば、まあ「悪いこと」に当てはまるだろう。しかし、世の中の「悪いこと」の基本は、被害者と加害者が成り立つこと(だと私は思っている)。まだその関係が成り立っていない状態なのに犯罪だとしてしまうのは、ちょっと早すぎではないだろうか。罰せられる対象は明確に「悪いことをした人」であるべきで、「どっちかと言われれば悪いことをした人」「悪いことをしそうな人」は対象にすべきではないと思う。国民の自由がどんどん奪われてしまうことになる。もちろん、この「共謀罪」がもし成立しても「マンション建設に反対しましょっか」みたいな一般レベルの軽い共謀を徹底して取り締まるという可能性は低い。しかし法律として定めてしまう時点で、「被害者・加害者の関係がまだ成り立っていなくても、考えるだけでそれは犯罪だ」と国が言っているようなものだ。

共謀罪成立への動きの背景には、国連の国際組織犯罪防止条約に基づこうとすることが大きく存在している。言ってみれば、締結している120ヶ国の仲間入りを果たしたいのが本音である。テロ対策などの国際犯罪の防止を目的とする国際組織犯罪防止条約を批准するための法整備の一環に過ぎないことは私も承知しているのだが、与党の改正案はとても国際犯罪防止だけを目的としているとは思えない内容だ。与党が民主党案(与党案に比べて軽い内容)を“丸飲み”するという異例の事態になっているが、秋の臨時国会でまた“吐き出す”(=修正する)というウワサもあり、これに関してはまだどうなるかわからない。

いずれにせよ、本当の「悪いこと」のみを罰する世の中をつくっていかなければ、どんどん日本は住みづらい国になってしまう。子どものころ親に言われた「人に迷惑をかけるな」は、「人に迷惑をかけることを考えるだけでもダメだ」に変わってしまうのだろうか。
  

2006-06.02 Fri勝手に映画批評10[映画]

Time[08:07] Comment[4] Trackback[5]
【嫌われ松子の一生】 8点
これ、めっちゃオモロイです。涙でました。
簡単に言うと、“マゾっ気たっぷり”の映画。中谷美紀がどんどん不幸になっていくのが、観ていて「かわいそう」でありながら「気持ちいい(?)」とも感じます。2時間があっという間。人生を考えさせてくれる映画でした。

この話は、松子の甥役である瑛太の存在が大きかった。松子は主人公でありながら既に一生を終え、瑛太の周りで“逸話”のように語られていました。それが松子の存在をより大きく感じさせていた気がします。ただの不幸で終わらず、“カッコいい”とさえ思わせたのは、瑛太のような客観的な存在があったからだと思います。しかも、ただ単に松子の不幸な人生を描いただけではなく、「家族とは」「幸せとは」など、伝えるものが大きくあったことが良かった。コメディタッチの雰囲気も逆にいろいろ考えさせてくれた要因だと思います。

中谷美紀がハマり役だったかどうかはわかりませんが、演技は素晴らしかったです。この映画で見る目が変わりました。中島監督にだいぶシゴかれたみたいですが、それだけのことはあったと思います。これは今後、彼女の代表作になっていくのではないでしょうか。中島監督もこだわるだけあって、なかなか粋な作品に仕上げていたと思います。瑛太のシーンと松子のシーンにテンポの差を大きくつけて構成を分けたことで、松子の一生を主観的な視点と客観的な視点で上手く表現していたと思います。

結局、松子は不幸すぎる人生でありながら、とことん幸せを求め、幸せをたくさん感じて生きていました。だからこそこの映画を観て「人生って素晴らしい!」って感じることができました。それがなければこれはただの“不幸な映画”。ここがこの映画を左右した大きなポイントだと思います。

気になった点としては、時代の描写が中途半端だったこと。テレビ画面に時代を代表するニュースを無理矢理っぽく流していましたが、この効果がほとんど感じられなかった。それは、それ以外の部分で時代の描写がなかったことも原因。変に現代風のノリに仕上げていたので、テレビのニュースがあっても時代感が全く伝わってきませんでした。むしろ違和感を感じたぐらいなので、正直、あのニュースはなくても良かったと思います。変に欲張ったのでしょうか。

あと、オバサンになった松子のビジュアルが現実離れしすぎて、違和感があったことも残念。もうちょっと頑張れなかったのでしょうか。惜しい。

まあでも、素晴らしい映画。
終わり方もかなり好きでした。


【名探偵コナン 探偵たちの鎮魂歌】 2点
あちゃ〜。こりゃおもしろくない。
今までのコナン映画の中でダントツにつまらない映画。今までの作品が良すぎたのか、期待を完全に裏切られました。う〜ん、これはどうしたことか・・・。正直、おもしろくなさすぎてびっくりしました。

まず、最も失敗だった点として言えるのが、登場人物が多すぎたこと。今回はコナン映画10作目を記念し、「オールスター」みたいな感じで、できるだけ多くのキャラを登場させたいという思惑が制作側にあったらしい。まあそれはわからんでもないんですが、それでは話についていけない人が多くなるのも当然。何度も観ている僕でさえ、「あれ、これ誰やったっけ?」「この人、どんなキャラやったっけ?」って何度も思いました。服部平次くらいならまだ良いんですが、怪盗キッド、和葉、佐藤刑事、高木刑事、白馬など、「これでもか!」というくらいキャラクターをどんどん出されては、頭の整理だけで精一杯。しかも顔が似てる人が多いから、もう途中からは意味不明。初めてコナンを観た人は「?」の連続だったでしょう。怪盗キッドなんかは敵か味方かよくわからん存在やし。初めて観た人は「誰やねん?」ってなりますよ。

あとの失敗点は、話の展開やトリックに派手さがなく、盛り上がりに欠ける内容だったこと。いつもならトリックを暴くところとアクションシーンを絡めて、後半の盛り上がりを演出していくんですが、今回はコナンを含めた探偵たちの会話が中心に話が進行。それだけに「ふーん」くらいのリアクションしかできず、「いつ盛り上がるんやろ?」という気持ちのまま映画が終わりました。ちょっといつもと志向を変えた映画にしたかったのか知りませんが、いつものコナン映画らしさがなかったですね。蘭も完全に脇役でしたし。

さらに、話の大筋と関係ないところでしょーもない事件が起きて、そしてその事件の解決方法がかなりしょーもなかったところも残念でした。なんか無理矢理に盛り上げようとしてる感じに見えて、話に入っていけなかった。う〜ん、これは重傷やぞ、山本泰一郎監督!

以上、文句ばっかり言いましたが、コナン映画は基本的におもろいです。特に、こだま兼嗣監督の頃の映画がオススメです。暇な人、ぜひビデオ借りて観ましょう。僕は「天国へのカウントダウン」で泣きました。