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実家で飼っていた『ミツバチ』という名のフェレットが、今日の夕方に亡くなった。わずか3歳。人間なら30歳くらいだろうか。5月に副腎の摘出手術を受けて以来、ミツバチは体調を壊す日々が続いていた。入院しては退院するということを繰り返す日々で、今朝も再入院したばかりだった。訃報を聞いたとき私は仕事中だったが、青天の霹靂という感じではなく、「ついにきたか」という感じがした。ある程度心の準備はしていたつもりだったが、ペットとはいえ、わずか3年半とはいえ、家族の一員。気付けば、元気なミツバチの表情を思い浮かべて悲しむ自分がいた。

先日の新聞にこんな記事が載っていた。犬か猫を飼っている50代の男性会社員と、この条件の夫を持つ専業主婦の男女にアンケートを行ったところ、4割の人は「飼う前に比べて夫婦げんかが減った」というのだ。「コミュニケーションが増えた」と答えた夫婦はなんと約8割。私の両親も夫婦げんかが多い頃があった。フェレットを飼う頃にはあまり喧嘩はしなくなっていたのだが、ペット飼ったことによって間違いなく両親のコミュニケーションは増えたと感じた。休みの日に両親でミツバチを河川敷まで散歩させに行ったり、二人でミツバチの体調を気遣ったりするなど、まるで孫ができたかのような状態に見えた。

日本では数年前からペットブームが続いており、休日のペットショップは多くが人だらけ。しかしその反面、捨てられるペットも後を絶たないらしい。「コンパニオン・アニマル」という言葉が使われるくらい現在はペットを家族として飼う人が増えているのだが、まだペットをアクセサリー感覚で飼う人がいる。「あなたのペットを下取りします。お売りください」などという看板を掲げた店もあり、まるでゲームショップのようで、恐ろしい感覚にみえる。「古くなったペットを売って、次のペットを買いましょう」ってな感じなのだろうか。

今年の夏に、こんなニュースがあった。高級犬18匹を路上に捨てたとして、パチンコ店員(26)と、同居のアルバイト店員(33)が逮捕された。彼らはペットショップを開こうとしたのだが、餌代が高く、悪臭もするので捨てたらしい。ペットショップとは、もちろんペットを売ることで経営を成り立てるもの。しかし、ペットショップのあるべき姿とは、あくまでもペットを「商品」ではなく「生き物」として扱うことだと思う。「生き物」として扱うと愛情も生まれ、「良き飼い主の元で幸せになってほしい」という想いで売りに出すようになるだろう。それはビジネスである反面、育てた娘を嫁に出すような「親心」ある行為でもある。この18匹を捨てた二人は、犬を「商品」としてしか扱っていなかったのだろう。このニュースはあくまでも氷山の一角であり、まだ世の中にはこの二人ような気持ちで経営しているペットショップが存在している。

日本だけでなく、中国も現在ペットブーム。それにより、中国では狂犬病が急増している。これ以上の狂犬病の増加を防ぐため、中国政府は野良犬の処分や捕獲を行うなどの対策をはじめた。しかしこれに対して、中国の愛犬家たちが「虐殺だ!」とデモを起こしている。しかしそもそも狂犬病になるのは、飼い主が予防接種などの対策を怠っていたからであり、責任は飼い主にある。中国政府の手段に強引さは感じるが、やはり国として狂犬病の対策をとるのは当然である。これは、飼い主がペットを「家族」ではなくアクセサリーのような軽い感覚で飼っていたことが大元の原因ではないだろうか。

私は昨年の暮れから、実家を離れ一人で暮らしている。それにより、ミツバチと会う回数はかなり減った。死んでしまった今思うことは、もっといっぱい遊んでやればよかった、ひとり暮らしなんてせず毎日顔を見てやればよかった、ということ。それでも、ミツバチとの思い出はたくさんある。ミツバチは間違いなく「家族」だった。今ごろ天国で走り回っているだろうから、遠い将来、自分がそこに行ったとき、毎日アイツと遊んでやろうと思う。だから、それまで我慢しな。
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2006.11.18 | 世の中 | トラックバック(1) | コメント(6) |

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