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2006-12.04 Mon勝手に映画批評12[映画]

Time[17:49] Comment[6] Trackback[2]
【ワールド・トレード・センター】 5点
9.11を題材にする意味…あるか?
こんな内容だったら、そこらへんにいくらでも似たような題材があるんじゃないでしょうか。ストーリー自体はよくあるドキュメントタッチの映画。話しに入り込んでいけばそこそこハラハラするし、感動もする。でも…なんか違うねんな〜。9.11じゃなければまあフツーの作品やったんかもしれないんですが、この映画にはこんな内容を期待してたんじゃないんです。

せっかく9.11という大きなテーマを扱った映画なのに、重みがない。政治的・宗教的背景も描かれなければ、観てる人に訴えかけるものも少ない。伝わってくるのは安否を心配する家族の気持ちと、家族のために頑張る警官の想いだけ。それももちろん必要だし感動もするんですが、それだけで2時間以上はいくらなんでも長すぎ。ちょっとクドめの単調な感動映画になってます。終始ニコラス・ケイジらだけにスポットを当ててしまっていたので、あのテロの悲惨さ、重大さがあまり伝わってきません。悲惨な現場での救助シーンなどをいくつも映し出す方がまだ良かったのではないでしょうか。あと、最後の「この映画を犠牲者に捧げる」っていうアレ、完全にいらんね。

細かいシーンのことをあれこれ言う必要もありません。根本が違ってる。9.11を題材にするのなら、僕はもっと社会的・宗教的ポイントを鋭く突いてほしかった。「悲惨でしょ?かわいそうでしょ?」だけでこの映画を終わらしてはいけないんです。この題材を扱う責任をもっと考えほしい。もったいない。この題材じゃなかったら、もっと点数は高かったでしょう。こんな内容じゃ『スーパーテレビ』とか『世界まる見え!テレビ特捜部』の方がおもろいかもね。

【涙そうそう】 6点
感動はしましたが…イマイチな映画。
沖縄の風景と音楽が映画自体を大きく盛り上げていて、胸にグッとくるものはありましたが、冷静に考えてみるとなかなかイマイチな映画でした。特に思うのが、中盤以降のストーリー展開。前半はあれだけゆっくりとじっくりとストーリーを進めていたのに、中盤から展開が急に軽くなっていました。あれは何があったのでしょう?

泣かせる要素としてはかなり“ベタ”なものが多い映画。「あ〜泣かせようとしてるわ〜」って思うシーンが何度もありました。まあ泣かせる映画とはそういうものなので、別にそれはそれでいいと思います。でも“ベタ”の使い方がベターじゃなくて、あまり話しに入り込めなかった。長澤まさみが妻夫木聡の家から出ていくシーンで言えば、別に一生会えないわけでもなく、ただ単に妹がひとり暮らしするっていうだけなのに、なんであんなに大泣きする必要があるんやろか?「死」のシーンでも、あまりに死が急すぎて、「えっ?ほんまに死んだん?てか、それくらいで死ぬか?」と変にびっくりしてしまった。台風の日に助けに来るシーンも、話が都合よすぎて何かうさん臭かった。もうすこし脚本の質を高めるべきでしたね。無理矢理な感じが多々あった。

…とまあ、なんだかんだ言いましたが、結局大粒の涙を流したのも事実。ヒドい映画ではないです。ちょっとリアルさが足りない映画でした。沖縄の雰囲気を味わいたい人なら、そこそこ満足できるんじゃないでしょうか。僕は長澤まさみが船上で手を振るシーンですでに泣きそうでした。

【カーズ】 7点
ピクサーはさすがですね。今までのピクサー作品とちがい、生き物ではなく車という機械が主人公なので、観ていて感情移入できるのかを不安に思いながら観ましたが、表情や動きが自然で、本当に生きてるような感じで観られました。表現力を高めるのにかなりの時間を費やしたんだろうな〜と感心してしまいました。映像の美しさやストーリーの完成度はいつも通りなかなかのもの。もうちょっと時間が短ければもっとよかったですね。

【ゲド戦記】 5点
酷評されまくってましたが、思ったより悪くなかった。
画が手抜きっぽいところがあって、ちょっとアレやったね。

【太陽】 4点
イッセー尾形さんのアレ。ものすごい映画です。
全くオススメできませんが、ある意味オススメ。
  

2006-12.01 Fri万波医師の病気腎移植問題/医師としての順番は[世の中]

Time[18:07] Comment[0] Trackback[2]
わが家のフェレットは副腎疾患という病気が原因で亡くなった。厳密に言うと、副腎腫瘍のある片方の腎臓を摘出したあと、ホルモンのバランスが崩れ、腎臓機能が低下。食欲が亡くなり、栄養失調でそのまま亡くなった。ここ数ヶ月間は腎機能を表す数値とにらめっこする状態が続いていた。できることなら、機能する腎臓と取り替えてほしかった。叶わぬ願いだったろうが、そんな心境になるのも飼い主としては当然だろう。

視点を患者もしくはその家族にして考えてみると、動物だろうが人間だろうが、病を患っている臓器はどんな手を使ってでも交換してほしい。そう思うものだ。今年、愛媛県宇和島市の宇和島徳洲会病院で、臓器売買による腎臓移植手術が行われた。手術を受けた宇和島市の水産会社役員山下鈴夫容疑者(59)は腎臓の病気で移植を希望していたが、日本では生きている人からの臓器提供は親兄弟・親戚に限られており、かといって脳死からの移植なんてそんな簡単にできる状況じゃない。そこで、山下容疑者は内縁の妻である松下知子容疑者(59)。から知人の女性を紹介してもらい、その女性に30万円と車を渡すことで「親戚だとウソをついて腎臓を移植してあげる」という約束を交わしたのである。

手術を担当した万波誠医師(66)は十分な身元確認をしないまま手術に踏み切っていた。この万波誠という人物はこういうテキトーな一面をもつ一方、一般的な医師に比べ、より患者視点で物事を考える男でもある。この臓器売買についても、「だまされることは防げない。移植の背後に何が行われているのかは分からない」と言い、自らの非を認めつつも、臓器売買はある意味仕方のないことであると主張した。それは、彼が移植を求めている患者の気持ちをより理解しているからこその言い分だと思う。もちろん、その発言・考え方が良いか悪いかは別にして。

この万波という医師は病気腎の移植を何度も行っており、現在問題になっている。がんにより摘出された腎臓を、がんを取り除いてから他人へ移植するというものだ。がんの腎臓とはいえ、腫瘍を取り除いてしまえば再発する可能性は低いという。「死体腎移植が期待できない現状では、私のように遺伝性疾患があり、親族から生体移植ができない患者は、ほかに命をつなぐ希望はない。再発の確率が2、3割なら喜んで移植を選ぶ」。と、ある患者は話していた。

先ほども書いたが、患者にしてみれば「生きるか死ぬか」がかかった問題であり、どんな手を使ってでも健康になりたいと思うのは当然である。万波医師は患者のそのような心境を理解し、「なんとかして助けてあげたい」という心から病気腎移植という行為に及んだのだろう。報道によるバッシングが続くなか、腎臓移植を受けた人らによって『万波医師支援の会』なるものが結成されるなど、彼は多くの患者からいまもなお感謝されている。だが、果たして医師は、患者が喜べばどんな手を使ってもよいのだろうか。

私も多少なりとも持病というものがあり、苦しい思いをすることもあった。どんな手を使ってでも健康になりたいという気持ちもよくわかる。しかし、それはあくまでも患者視点で考えたときだけあって、学会の倫理指針に規定のない「病気で摘出した臓器移植」を、患者の立場だけで考えて勝手に行うことは決して許されることではないと思う。もし、この病気腎移植が新たな道を開く希望の光だと思うのであったら、移植手術を行う前に、臓器移植法の改正に向けて真っ向勝負すべきではないか。改正にはかなりの時間を費やすことになるだろうし、目の前の患者を放っておくことの罪悪感も大きくなるだろうが、医師として行うべき行為の順番は守るべきではないかと思う。

社会に対して影響力のある「医師」という職業だからこそ、順番の違いが後に大事件に発展したりするものである。今回の問題が、取り返しのつかない大事件を巻き起こしていなかったことがまだ救いではあるが、人の命に関わる問題は起きてからでは遅すぎる。あくまでも目の前の患者の立場に立った万波医師はすばらしい人間であるとは思うが、彼は自分の立場ももう少し考えるべきだったのかもしれない。