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ゴールデンウィークを使い、タイへ旅行に行ってきた。タイはこれで3回目なのだが、相変わらずバンコクは暑く、ごちゃごちゃしているのであまり好きではない。しかしタイは文化的観光やリゾート、グルメなど、さまざまな楽しみ方ができる国であり、世界的に人気のある観光地となっている。その一面を大きく感じられる所がバンコクの「カオサン通り」という場所に存在する。

カオサンに来るのは2回目だったが、前回同様、通りに入った瞬間から異様な雰囲気に襲われた。そこには日本人、アメリカ人、ヨーロッパ人、韓国人、中国人、イスラエル人、そしてもちろんタイ人など、数十ヶ国の人々がせわしなく過ごしている。「バックパッカーの聖地」と呼ばれるほど世界的にも有名な“人種のるつぼ”であり、昼間からビールを飲む人、道ばたに座り込んで延々と話をする人、露店で買い物をする人など、そこは自由に満ちあふれている。

そこで私が感じたのは、カオサンはもはや“タイ”ではなく、“世界”である、ということだ。もちろん、店員や住民はタイ人で、「タイに来ている」という現実意識は自分の中にあるのだが、すれ違う人がどの人種の人であっても「あっ、○○の国の人や」みたいに反応することはなかった(日本人は除く)。これはカオサンが持つ“魔法”のようなもので、例えるなら、オリンピックで世界各国のスポーツ選手が一つの国に集結することと同じような感覚なのではないだろうか。オリンピックで言うと、開催地がたまたまある一つの国だっただけで、そこにいる人種は様々すぎるくらい様々。“人”という視点で観れば、そこはもはや一つの国ではないのだろう。

私がその“世界”に行って感じたこと。それは、各国が集結して“世界”となることは、言葉では言えないパワーや魔法のようなものを産み出すことができる、ということだ。“タイ”に来ていたのならあまり感じられなかったかも知れない「大切なこと」を、より感じさせることができる。しかもそれは考えようとして考えるのではなく、瞬間的な感覚として考えることができる。私の場合のその「大切なこと」とは、きれいごとかも知れないが、簡単に言うと「世界平和」みたいな類のことだった。もちろん人によって感じることは様々なのだが、その“世界”が何か特別なものを人に感じさせることは間違いない。

タイに行ったあと、私は東京へ行った。両国で大相撲を観戦した私は、タイのカオサン通りのことをふと思い出した。アメリカ、ヨーロッパ、モンゴル、ロシア、南米、韓国など、昔に比べ明らかに外国人力士の数が増えてきている大相撲。それについて異論を唱える人もいるようだが、もし大相撲がカオサンのように“世界”を感じられる場になっていくのであれば、私は素晴らしいことだと思う。

2006.05.20 | 世の中 | トラックバック(0) | コメント(1) |

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2006.06.06 11:22  | # [ 編集 ]












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