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とりあえず言うと、私はラーメンがごっつ好きです。食いもんの中で一番好きです。ここ最近、ラーメンを食いまくっているので、行った店をブログに書こうと思います。ちなみに、個人的な好みで評価を書いて見ますので、あまり点数は参考にしないでください。それではまず、店の紹介の前に、私からのすばらしいラーメンへの格言をご覧ください。

一番ウマいラーメンなんて、
各々で思っていれば良いこと。
味がある程度のレベルに達すると、
あとは食べる人の好き好きで順位が決まる。


ラーメンは作品でも芸術でもない。
ラーメンはデザートである。


スープを最後に無理やり飲み干すなんてしない。
なぜなら、スープと麺と具が交わって、
はじめてラーメンになるのだから。



【長浜ラーメン みよし】 (京都 三条) 8点
数年ぶりに食べましたが、当時感じたほどこってり味じゃありませんでした。比較的あっさり系のとんこつラーメン。これくらいの細麺が好みです。チャーシューの存在感も控えめで、全体的にかなり好きなラーメンです。大学時代、忘年会で行った思い出があり、今回も年始に訪問。深夜でもけっこうな人が並んでました。個人的に、年末年始の深夜っていうイメージのラーメンでございます。
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【博多とんこつ 天神旗】 (大阪 上新庄) 10点
よく行きます。今まで食べてきた中で一番好きなラーメン。場所が微妙なだけに、あまり並ばずに食えます。こってりの『老』とあっさりの『若』の2種類のスープが選べるんですが、『若』でもそこそここってりしてます。でもやっぱり好きなのは『老』。継ぎ足しっていう作業を繰り返した、超こってりラーメン。膜を張るんちゃうかっていうくらいドロドロしたスープです。食べ始めるともうトランス状態。もちろん、硬麺で注文ですね。こってりとんこつ・極細麺が好きな人なら、ぜひとも食べてほしいラーメンです。
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【ラーメン東大 搾りとんこつ麺王】 (徳島 徳島駅前) 7点
徳島でかなり有名な『東大』というラーメン屋があるんですが、その系列店というか、スピンオフ店というか・・・そんな感じの店。徳島ラーメンは豚バラ肉と生卵を入れるという特徴があって、この店もその類。高菜を自由に入れることができて、ちょっと博多ラーメンっぽい徳島ラーメンって感じ。『東大』の系列ですが、『東大』ほどこってり感はなかったです。なんだかんだ言いましたが、このラーメンも美味い!やっぱ徳島ラーメン好きです。徳島ラーメンはほかにも『巽屋』とか『阿波屋』とか好きな店がいろいろあるので、また紹介します。
地図はコチラ


まだいろいろ紹介する店はあるけど、また今度にします。

2008.01.18 | グルメ | トラックバック(0) | コメント(3) |

【ALWAYS 三丁目の夕日】 8点
この、イヤらしいほど“昭和”な雰囲気が、ベタベタなストーリーをどっかに吹きとばしちゃったような感じですね。29歳の僕が「懐かしい~」なんて言ったら完全にウソつき呼ばわりされますけど、でもなんか「懐かしい~」んです。昔、数年間住んでいた長屋での生活を思い出して、思わずそんな気持ちになっちゃいました。あの頃も地面はジャリ道やったなあ~って感じで。

さっきも書いたように、ストーリーはベタもベタ。後半の部分、こっちが赤面しちゃいそうなくらいベタなシーンもありました。堀北真希が実家に帰るとことか、誰もが想像できてしまう展開。でもそのベタさが、純粋な「愛情」だったり「人とのふれあい」だったりをストレートに伝えられたんやろうなって思います。ベタやから大衆受けするけど、そのぶん映画としての残念度もちょっとあったりする感じ。

“お涙ちょうだい”的な映画って、けっこう毛嫌いする人もいるんですけど、その表現の上手さが重要ですよね。同じ「泣け、泣け~!」っていう雰囲気がガンガン伝わる映画でも、シラ~ってなる映画もあれば、ドボドボ泣いちゃう映画もある。それは、台詞や映像も含めた表現の上手さが重要なんじゃないですかね。例えば、いかにリアリティを保ち続けられる表現をしているか、とか。そのへんがこの映画に関してはなかなか上手かった。だから僕はこういう“お涙ちょうだい”的な映画でも感動したんでしょうね。ただ、後半の淳之介が戻ってくるシーンはダメ。ちょっと冷めちゃいましたね。あれは唯一ヘタだったシーンでした。

【パッチギ!】 7点
前半はどうなることかと思ったけど、後半に巻き返しました。あまり知られていない役者を使うことで、映画の世界がよりリアルなものになったと思います。ちょっとケンカのシーンが多すぎたところは気になったけど、若者の良い部分と悪い部分をバランス良く描いていて、なかなか気持ちよく観れました。カットのつなぎ方とか音声の拾い具合とか、台詞の内容とか、作品としての完成度が変に高すぎないところがけっこう好きな感じですね。

在日朝鮮人のことを描いた物語なんですが、終わってみて、何を伝えたかったのかが分かったようで、でもよく分からないという状況に陥ってしまいました。単純に「朝鮮人への差別反対!」なのか、「愛は国籍を超える」的なものなのか・・・。『イムジン河』はすごく良かったけど、すごく良かったで済んでしまう感じもあったりなかったり・・・。僕の感覚がまだ鈍いんでしょうか。

沢尻エリカって、ナチュラルメイクのときはなんでこんなにカワイイんでしょう?この映画でもバツグンに光ってました。なんか、今は女優としてもったいない状況になっちゃいましたね。顔とか演技とかがすばらしく良くても、性格とか態度とかで素材を生かしきれなくなったりするんでしょうかね。

【北極のナヌー】 5点
動物もののドキュメント映画としては、なかなか興味深い映像が多かったです。ただ、大きく残念なことがひとつ。それは、ナヌーのストーリーにこだわりすぎたのか、動物たちの映像をむりやりつなぎ合わせてまでストーリーを展開させていたこと。以前、同じく動物もので『ディープ・ブルー』という映画があったけど、あの映画は特にストーリーにはこだわっていなかった。だからこそ、映像にリアルさが感じられて、素晴らしい映画に仕上がっていたと思います。

でも、この『北極のナヌー』はストーリー展開にこだわってました。それはあくまでもナヌーを主人公にしようという興行戦略があったからじゃないでしょうか。子供たちが観やすくなり、グッズの売り上げなども期待できる状況にするためには、ストーリー上の主役が絶対に必要だったのでしょう。まぁ、それはそれで悪くはないんですが、映像のつなぎ方がちょっと・・いや、かなり乱暴でした。無理矢理なナレーションと、つなぎ合わせた映像が、せっかくのリアルな映像の質を完全に下げてしまっていました。かなりもったいない映画です。編集によっては、絶対良い映画になったと思います。

【サッド・ヴァケイション】 6点
キャストがこんなに豪華じゃなかったらもっと退屈だったかもしれない映画。でも、心情が変化する具合が自然に描かれていて、ヒューマンドラマ的な感じで楽しめました。『Helpless』も『EUREKA ユリイカ』も観てなかったけど、特に問題なく観れました。観たのがちょっと前やから細かく覚えてないけど、まあまあええんちゃう?って感じの映画。

【硫黄島からの手紙】 6点
いろいろ書きたいことあるけど、書くのに疲れてきたので省略。

2007.11.05 | 映画 | トラックバック(0) | コメント(0) |

【めがね】 8点
やっぱいいですね。期待通り。『かもめ食堂』のノリはそのままでも、変化させるとこは変化させてる。そのあたりのバランスがなかなか絶妙でしたね。見終わった後に心がキレイになって、そしてお腹が空く映画。登場人物もみんな独特の平和ムードが漂っていて、ニコニコしながら観られます。

カメラの焦点が人じゃなくて風景に当たっているところが、この映画の独特の雰囲気を創り出している一つの要素ではないでしょうか。あくまでもその風景に人が入り込んでいるっちゅう感じ。だからあののんびりした空気を、観ている人も味わった気になれるんでしょうね。

相変わらず、登場人物の背景を明らかにしないまま終わる映画。いろんな想像をして、結局わからなくて、でも「まあ、いいか」で許せるからずごい。そんな背景とか理由とか事情とかはどうでもよくて、ただこの映画を味わうだけで満足なんですよね。逆にいろいろ知ってしまうとおもしろくなくなるのかもしれない。そういう絶妙な空気を創り出すのが上手いですね、ホンマ。

小林聡美さんの立場が『かもめ食堂』と全く違ったことには驚きでした。今回は登場人物の中で、一番“フツー”の人間。かもめを観ている人にとって、結構それは新鮮だったんじゃないですかね。あとは、やっぱり食べ物。かき氷とか、目玉焼きとか、ロブスターとか、どれもすばらしく美味しそうに映しています。かもめ食堂もそうだったんですが、こういう部分も映画の雰囲気を創り出している要素ですね。風景の一部というか、なんか物語を構成する一つの風景のような気がして、楽しめます。

ただやっぱり僕は『かもめ食堂』の方が好きですね。やっぱりあの映画には衝撃を受けましたから。特に映画の終わり方なんて、今までの映画でもトップクラスですね。だからどうしてもそれと比べてしまって、ちょっと点数は低くなりました。でも、この映画も負けず劣らずの良い映画。かもめを観ていない人は僕以上にもっともっと良く感じるのかもしれないですね。もちろん、好き嫌いがありそうなジャンルの映画ですけど。

2007.10.11 | 映画 | トラックバック(11) | コメント(4) |

日本では1.7人に1人が保有しているとされている自転車。世界でもトップクラスの保有率だ。そして地球温暖化が叫ばれている現在、自転車は排出ガスが発生しないクリーンな移動手段として世界的に注目されている。この状況を考えると、もちろんきちんとした駐輪場に自転車を止めることがベストなのだが、路上駐輪もある程度仕方のない状況であると言わざるを得ない。

しかし、しかしである。路上駐輪の際に発生するストレスに関しては、昔からほとんど改善がみられない。現実を受け止め、路上駐輪を前提とした自転車社会の創造をつくりだそうとしてもよいでのはないだろうか。そこでいま、路上駐輪に関する2つの提言を唱えよう。路上駐輪そのものに問題があると言われればそれまでなのだが。

1)壁に対してナナメ45°に止めろ!
基本的にこの社会では、自転車は壁に対してほぼ直角に近い角度で止めている。言ってみれば、自転車が完全に壁の方を向いてしまっているのだ。警備員のオッサンもよかれと思ってか、路上駐輪しているチャリンコをきれいに直角に整頓している。しかも、自転車と自転車がほぼ密接した状態。この止め方だと、確かにビジュアルはきれいに見える。しかし、これでは自転車を出すときにとてつもないストレスを感じるのだ。

自転車のカギは前輪についているタイプが多く、直角に密接された駐輪状態であれば、カギ穴にカギを差し込むには身体をかなり前に傾けないといけない。無理な状態でカギを入れるので、ミスする確率も高くなる。もしそれをミスし、カギを落としてしまったときなんて最悪だ。前輪付近に落ちたカギを拾いたくとも、自転車同士が密接した状態で取りにくいったりゃありゃしない。ストレスは急激に上昇する。カゴも遠く、荷物をカゴに入れる行為だけでも体力を使う。ストレスはもう限界。

そこでだ。自転車を路上駐輪させるとき、壁に対して約45°くらいナナメにした状態で止めれば、自分から前輪までの距離が近い。カギも入れやすく、荷物もカゴに入れやすい。多少、止められる自転車の総数は少なくなってしまうかもしれないが、それは我慢してもらうとしよう。このナナメ45°の方法を実践すれば、ある程度密接させた状態でもストレスを感じず自転車を出す準備を行うことができる。どうでしょう。素晴らしい案ではないか。

2)ハンドル、ペダルを折りたためるようにしろ!
上記1)のようにナナメに止めたとしても、自転車を出すときに隣の自転車に引っかかり、出しにくい場合が多々ある。これはかなり冷静に対処しないと、どんどん「引っかかりレベル」が増していくのだが、この状況で頭に血が上らないわけがない。力技に持って行こうとすると隣の自転車まで一緒についてきて、バランスを崩し自転車が倒れ出すと指が挟まれたりしてケガをする。引っかかる部分の多くはハンドルもしくはペダル。タテ長スタイルの自転車のなかで、左右に出っ張っているのはこの2つの部分だけ。密接して止めると、どうしてもここが隣と引っかかってしまう。

そこでだ。出すときにうっとおしいハンドルとペダルを、どうにかして折りたためるようにできれば、出すときに隣の自転車に引っかからず、スムーズに取り出すことができる。ストレスが溜まらない、快適なチャリンコライフになるのではないか。自転車製造業のオッサンどもよ、もう路上駐輪を前提にチャリンコの形状を考えても良いじゃないか。


・・・以上の2つを実践すると、日本全体のストレスはチリも積もってかなりの改善が考えられる。自転車のストレスは、気付かないうちに溜まっているもの。敢えて意識してみると、かなりムカつく乗り物である。しかし、上記のような改善を行うだけで、かなり快適な乗り物になる。しょーもないことではない。大きな大きな問題なのだ。

2007.08.23 | 世の中 | トラックバック(0) | コメント(3) |

【レミーのおいしいレストラン】 8点
この映画から感じたメッセージは2つ。ひとつは、ルールやレシピなどという型に縛られず、自由な発想が何よりも大事だということ。2つ目は、ネズミだろうが人間だろうが何だろうが、可能性のあるものの芽を摘んではいけないということ。

ただ単にオモシロ感動系のストーリーっていうだけではなく、心の奥に訴えかけてくるものがあるところがピクサーの素晴らしいところ。今回も十分それを見せつけてくれました。今までのピクサー映画と違い、悪い意味での人間味というか、少しの毒素があった気がします。そこがイマイチと感じる人もいるでしょうが、それはそれで現実味を感じる部分もあり、僕は良かったと思います。ピクサーの常識になりつつあった映画の雰囲気を、少し変えた作品でしたね。

気になったのは、素晴らしい内容の影で、ちょっと無理矢理すぎたシーンがあったところ。前半部分でおバアちゃんが銃を連射するシーンですが、ネズミごときであそこまで連射する人はいないでしょ。レミーだけがなぜか人間の言葉がわかるところや、リングイニの髪の毛を引っ張ることで動きを操作できるところなどは、ストーリー上の都合のような気がして、無理矢理感がありました。パリというガッツリとした現実世界という設定と、このような非現実的なシーンや設定には、さすがのピクサー映画でも少し変な感じがしました。

恋人のコレットがリングイニのもとへ戻るシーンを観て、「才能よりも人間性が大事」だということを強く感じました。もしコレットがリングイニのもとへ戻らないストーリー展開だったら、映画自体の印象もぜんぜん違ったと思います。「結局は才能がある人間が幸せになれる」というような雰囲気で、人間界の冷たさだけが残ってしまう映画になったのではないでしょうか。その辺も含めて、伝わってくるものが多い映画でした。ただ、無理矢理なことは多いですが。

【ショーシャンクの空に】 8点
“名作”と呼ばれるだけあって、さすがの高クオリティ映画。ただ、ストーリーの中で少し首をひねってしまう部分がありました。狭い世界で展開されるストーリーも好きだし、主人公2人の人間性も強く伝わってきたし、その「首をひねる部分」さえなければ・・・というオシい内容。あんまり専門的なことがわかるわけではないですが、演技とか脚本とかはかなり質が高いんやろな~って感じながら観ました。

この映画は殺人事件を犯した主人公が刑務所内で生活する物語を描いた映画。刑務所という縛られた閉鎖的な世界と、刑務所の外にある自由な世界とのギャップをうまく表現していて、観ていて思わず引き込まれてしまう内容でした。ラストのあの爽快感のあるシーンへの展開も間延びせず、2時間半も短く思えました。外国の映画でよくある、「序盤の展開がよくわからず、ストーリーの全体像を理解するのに時間がかかる」などということもなく、かなり丁寧に作られている印象。

ただ最初にも言ったように、ストーリーには不満点というか少し納得できない点がありました。それはアンディ脱獄からのストーリー展開。アンディは冤罪だったとはいえ、結局は脱獄という“犯罪”を犯し、しかも所長が不正で得たお金を自分のものにしました。所長がかなりの悪者だったので、アンディがまるで完全な正義であるような雰囲気になっていましたが、アンディのしていることも十分悪いこと。冤罪で何十年も刑務所暮らしだったのだから、お金くらいもらってもいいのでは?という意見もあるでしょうが、それも何か違う気がします。これなら、アンディの冤罪が晴れてハッピーエンドの方が気持ちよかった。さらに言えば、レッドはアンディと違って完全な犯罪者なわけです。不正なお金を得たアンディのもとへ、仮釈放を違反してまで向かったことにはあまり賛同できません。

とまあそんな感じです。映画の質としては素晴らしいものでしたが、ストーリーには少し疑問符が付く内容でした。ただ、名作と呼ばれるだけのことはある映画なので、観ておくにこしたことはないですね。

【グリーン・ディスティニー】 5点
ワイヤーアクションがヒドすぎて笑えた。オーソドックスなストーリーですが、決しておもんないわけではない作品です。若かりしチャン・ツィイーが奮闘していて、なかなか新鮮。

【日常 恋の声】 6点
吉本の芸人が登場するマジメ映画の続編。中山功太をはじめ、ちょっと狙いすぎのセリフも多く、第一作に比べて質が下がってました。出演者はいろいろ変わっているので、観る価値はありですね。小籔千豊と土肥ポン太の、キャバクラでのシーンがおもしろかった。

2007.08.07 | 映画 | トラックバック(13) | コメント(1) |

先日、ipodが急に動かなくなった。「カチッ、カチッ」という音とともに、画面にはイラストで泣き顔のipodが表示された。とりあえずその日は放っておき、アップルストアに向かうタイミングを数日間うかがっていたのだが、ある日、そのipodが急に動き出した。理由はよくわからないが、ipodは再び私の生活に音楽のある生活を与えはじめた。これはどう考えても偶然の出来事なのだろうが、その時はまるでipodに自然治癒力が働いたような気がして、なんとも不思議な気持ちになった。

思えば、自然治癒力というものは素晴らしいものだ。ある程度のケガや病気なら、何もしなくても治してくれる。例えばそれが重い病気であっても、自然治癒力と現代医学を組み合わせれば、良くなることも治ることもあり得る。こんな素晴らしい機能を、人間は当たり前のように持つ。機械やモノにはない、生きているからこそ持ち得る神秘的な機能である。

私は昔から、そんな自然治癒力の存在を感じることが好きだった。ケガをしたり風邪を引いたりすると、基本的にはそのことにヘコむのだが、それが治り始めると私は自然治癒力の大きな存在を感じる。特別な快感のようなものではないが、心の隅っこで、生きていることへの安心感のようなものを感じるのだ。だから私はたまに「人間は常に少々のケガをしているくらいがちょうど良い」などとマゾヒスト的な発言をすることがある。もちろん、その気は全くないのだが。

この自然治癒力は、身体的な部分だけに適応され、それ以外のことには適応されない。例えば精神的なこと。辛いことや傷つくこと、悲しいことが起きても、何もしなければ乗り越えられない。よく「時間が解決してくれる」などという慰めのセリフがあるが、それは実のところ、自然に治癒しているわけではない。その人が心の中で物事を整理し、乗り越えようと努力した結果の治癒であり、自然治癒力のような自分の中にある他人のような力ではない。あくまでもその人自身の力。それこそ、自然治癒力より神秘的なのかもしれない。

本日のニュースで、秋田市で05年9月に小学3年の女児が乗用車にはねられて死亡した事故で、秋田地裁は事故を目撃した兄(当時小学6年)にも慰謝料200万円を支払うよう運転していた元会社員の男性に命じたとあった。裁判官は「兄は自分が妹を止めていれば事故が起こらなかったと自責の念に駆られている。12歳の少年に苦しみを与えた結果は重大」とコメントしている。

もちろん、お金で精神的な治癒を行うことができるわけではない。被害者の兄は、これから長い時間をかけて心を治癒させていかなければならない。乗り越えるべき壁の高さは想像を絶する。もし自然治癒力が精神的な部分にも適応されるのであれば、このような状況に置かれた人も幸せになれるのに。そんなことを感じた今日このごろ。もちろん、それは悲しみや苦しみを単純に忘れるという意味ではなく、あくまで乗り越えるという意味で。

悲しみや苦しみを乗り越えた人は、それらをあまり感じてこなかった人よりも強い。まるで、自然治癒力で骨折が完治したとき、骨折する前よりも頑丈な骨になっているかのように。

2007.07.07 | 世の中 | トラックバック(0) | コメント(4) |

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